大統領と始球式の関係、大統領選の情勢、ファウチ博士との関係から浮かぶのは……
2020年08月04日
誰もが、「いかにもトランプ大統領らしい」と思ったことだろう。7月23日、ホワイトハウスで開かれた記者会見。新型コロナウイルス感染症対策に関して話している最中に、トランプ大統領は「8月15日にヤンキースタジアムで始球式を行う予定だ」と発言し、記者団を驚かせた。
だが、ニューヨーク・ヤンキース側は「大統領による始球式の予定はない」といこれを否定。すると、ホワイトハウス側は「大統領の予定が合わないことが分かったので調整中」とトランプ大統領の発言を修正したのだ。
周囲に確認することなく、唐突に重要な話題を取り上げ、相手が当惑し、最終的には話が立ち消えになるという展開は、これまでもトランプ大統領がしばしば行ってきたことだ。ただ、今回はどうして、大リーグの試合で始球式を行うことを話題にしたのだろうか。トランプ大統領が突然、それまでの話を遮るように「始球式を行う」と発言したのは、なぜだろうか。
一見、思い付きによる、はた迷惑な発言のようなみえる今回の出来事も、「米国大統領と始球式」、「トランプ大統領と始球式」、「大統領選挙への焦り」、「アンソニー・ファウチ博士との関係」の四つの視点から見ると様相が変わってくる。実のところ、トランプ大統領にとっては必要に迫られた発言だったのではないかと思えるのだ。どういうことか、順に説明しよう。
始球式というと、ほとんどの人は「野球の試合の前に行われる単なるセレモニー」、「芸能人や有名人が球を投げて終わり」といった印象を持たれるであろう。米国でも大差はない。ただ、地域への密着の度合いが日本のプロ野球より強いため、大リーグの公式戦では、地元選出の連邦上下両院の議員や州知事などが登場することや、地域の発展に貢献する人物や団体などが選ばれる事例が多いのが特徴だ。
また、財政的にゆとりのないマイナー・リーグや独立リーグでは、始球式は重要な収入源となる。具体的には、「地域密着」という特長を活かし、「始球式をする」権利の販売も行われている。例えば、フィラデルフィア・フィリーズ傘下のマイナー・リーグA級ウィリアムズポート・クロスカッターズでは、60ドルを支払えば自らが始球式を行うことができる。
60ドルの内訳は、始球式の権利、球場のスコアボードへの氏名の掲載、20ドル分の食事券である。提供される内容と金額が釣り合うかどうかの判断は、人それぞれだろう。とはいえ、幼い子どもから高齢者まで、幅広い層の人たちがマウンドに立っている光景を目にすると、「プロ野球の球場で自分の素質を披露したいと夢見ている皆さんへ」という宣伝に心を動かされる人が少なくないことも分かる。
その一方で、球団側がお金を払ってでも始球式に招きたい人物がいる。ほかならぬアメリカ合衆国大統領だ。1910年4月14日のウィリアム・タフト以来、大リーグでは大統領が定期的に始球式を行うことが慣例となっている。
実際、第27代大統領であるタフトから現職の第45代大統領のトランプまでの19人の大統領を見ると、トランプを除く全員が始球式を行っている(表1)。
歴代最多となる4度の当選を果たしたフランクリン・ルーズヴェルトの11回から、1期で終わったジミー・カーターの1回まで、過去18人の大統領が大リーグの公式戦の始球式に登場した回数は80にのぼる。
カーターをのぞく大統領はみな、1回はシーズン開幕戦で始球式を行っていることからも分かるように、大リーグでは大統領が臨席し、始球式を行うシーズン開幕戦を「大統領臨席の開幕戦」(Presidential Opener)と称しており、最も格式の高い試合の一つとされている。合衆国の元首であり、公務が多忙を極める大統領を迎えることは大リーグにとっても大変な名誉である。
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