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日本の援助史に残る「失敗」/アフリカ小農が反対する「プロサバンナ事業」中止へ(上)

舩田クラーセンさやか 国際関係学博士、明治学院大学国際平和研究所研究員

「プロサバンナ事業」の誕生

 この事業の基本構想は、ブラジルのセラード地域での「農業開発協力(PRODECER)」を成功と位置づけ、ブラジルの官民とともに、アフリカの「熱帯サバンナ」で大規模に農業開発を行うというものであった。2009年のラクイラサミット(イタリア)で国際デビューを飾る、麻生太郎首相(当時)のために準備された構想であり、アフリカ南東部に位置するモザンビークが最初の実施先として選ばれた。特に、政府機関とビジネスの連携を重視し、巨額の国際民間投資の参入を前提としていた。

拡大ラクイラ・サミットの拡大会合で笑顔を見せる麻生太郎首相=2009年7月10日、イタリア・ラクイラ

 外務省サイトには、今でも次のように会談の意義が掲載されている。

 今回のサミットでも議題となった世界の食料安全保障に関し、日伯両国は、「セラード農業開発」という世界にも誇れる協力の実績を有しているところ、この協力で培った知見を活かし、アフリカでの三角協力を進めることで一致した。具体的には、まずは農業の潜在力の高いモザンビークでの取組を進めていくこととなった。ルーラ大統領よりは、ブラジルとしてこの協力に共に取り組んでいけることを大変有意義と考えているとの発言があった。(外務省サイト、平成21年7月10日「日ブラジル首脳会談(概要)」)

 JICAは、モザンビークが選ばれた理由として、公用語がポルトガル語である以外に、セラード地域と「緯度が近く」、「植生が類似している」ことを主張していた。また、同国北部のナカラ回廊沿い地域は、「広大な農耕可能地に恵まれており、その多くは未開墾地」として、低投入・低生産型の現地の小規模農家が土地を持て余しているとの前提が披露された(2012年11月15日、JICA坂口幸太氏講演)。そして、モザンビーク北部を、ブラジル・セラードのように、「一大穀倉地に変貌させる」と謳われた。

 現在では、JICAのホームページから消されている以上の説明は、削除前に入手されたJICA作成の図や写真で顕著であろう。

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筆者

舩田クラーセンさやか

舩田クラーセンさやか(ふなだクラーセンさやか) 国際関係学博士、明治学院大学国際平和研究所研究員

京都生まれ。国際関係学博士(津田塾大学)。1994年にモザンビークにて平和維持活動(UNMOZ)に参加し、パレスチナとボスニア・ヘルツェゴビナなどで政府派遣要員として紛争後の民主選挙の監視に関わった。その後、研究活動を進め、2004年から2015年まで、東京外国語大学にて「戦争と平和学」「アフリカ研究」「国際開発・協力」などの教育に携わる。その後、研究の軸足を「食と農」に移すとともに日本内外で市民社会の活動にも積極的に関わっている。著書に「モザンビーク解放闘争史〜「統一」と「分裂」の起源を求めて」(御茶の水書房)、The Origins of War in Mozambique (African Minds)、共著に「解放と暴力〜アフリカにおける植民地支配と現在」(東京大学出版会)、The Japanese in Latin America(Illinois University Press)、編著に「アフリカ学入門」(明石書店)、訳書に「国境を越える農民運動〜草の根が変えるダイナミズム」(明石書店)。 ブログ:https://afriqclass.exblog.jp/ ツイッター:https://twitter.com/sayakafc

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