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「道徳的明快さ」が求められるジャーナリズム

客観性、中立性よりも大切な価値から再出発せよ

塩原俊彦 高知大学准教授

 いま、米国のジャーナリズムでは、「道徳的明快さ」(moral clarity)を求める動きが広がっている。人種差別問題が脚光を浴びるなかで、ジャーナリズムは「客観性」を装うのではなく、道徳的明快さから運営されるよう再構築する必要があるとの機運が高まりをみせている。米国の動きを対岸の火事としてながめるのではなく、日本のジャーナリズムへの問いかけとみて、ここでこの問題について考えてみたい。

ニューヨーク・タイムズで起きた事件

拡大ニューヨーク・タイムズのデジタル版で配信された「軍隊を送り込め」と主張するトム・コットン上院議員の寄稿

 「ニューヨーク・タイムズ電子版」は6月3日付で、保守的なアーカンソー州の上院議員トム・コットンの論説「軍隊を送り込め:国家は秩序を回復しなければならない。軍は準備ができている」
をオピニオン欄に掲載した。

 黒人のジョージ・フロイド殺害後に起きた、複数の都市での略奪を鎮静化するために、コットンは軍隊の使用を求めたのである。この論説の公表に対して、NYTの黒人従業員グループが主導して公表を非難する署名が展開された。米国の都市の路上での軍隊使用を求める訴えを公表することは、アフリカ系アメリカ人ジャーナリストを直接脅かすものであるとの見方もあり、スタッフの反発が起ったのだ。

 注意すべきなのは、彼らが公の場での言論の停止を求めていたわけでも、自分たちの嫌いな意見を検閲することを求めていたわけでもないことである。彼らは、デリケートな時期に、突飛な事件を扱ったことに反発したのである。

 NYT発行人のA.G.サルツバーガーはこの掲載が正しくなかったことを認め、オピニオン欄の編集者、ジェームズ・ベネットは辞表を提出した。ベネットは公表前にコットンの記事を読んでいなかったというのだから、辞職は当然かもしれない。

 問題になったのは、編集権を握ってきた多くの白人が黒人の立場を思いやることができないまま客観性を装いつづけてきたジャーナリズムのあり方であった。

 発行人のサルツバーガー自身、「我々は独立と客観性の原則から退いてうるわけではない」としながらも、「人権や人種差別のようなものについては客観的であるふりをしてはいけない」と語っている。


筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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