藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)
1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
【21】ナショナリズム ドイツとは何か/ブラウンシュバイク① 国際教科書研究所へ
ドイツ西部のフランクフルトで取材を終え、中央駅からドイツ鉄道の特急で北東へ二時間半ほど。2月17日の夕方、北部のニーダーザクセン州・ブラウンシュバイクに着く。西の州都ハノーファーと東方の首都ベルリンの間では最も大きなこの街に、ドイツのナショナリズムを探る旅でやってきた。
ブラウンシュバイクは中世から交易が盛んで都市連合ハンザ同盟の一員として栄え、獅子王ハインリヒや息子で神聖ローマ皇帝となったオットー四世の拠点でもあった。翌18日昼、獅子のブロンズ像を大聖堂などが囲む中心部の広場を徒歩で抜け、ゲオルク・エッカート国際教科書研究所へ向かった。
歴史認識と言えば、東アジアでも悩みの種だ。20世紀前半の日本の朝鮮半島での植民地支配、中国への侵略が、日本、中国、韓国、北朝鮮がそれぞれ近代国家としての由来をどう語るかに影を落とす。過去をどう捉えるか、過去にそもそも何があったのかをめぐる齟齬が、今も日本と各国の政府の間でしこり、それぞれの国民に排外的な言動を生む。
人間社会が生んだ近代国家が、その由来を共有する国民を形成するために歴史教育があるとすれば、特にかつて「加害者」と「被害者」の関係にあった国同士は、歴史認識の齟齬が関係を悪化させる螺旋から逃れられないのではないか。最近では日韓関係を見るにつけ、そんな悲観にとらわれる。
だがこの研究所は、近代国家に欠かせない歴史教育のための教科書のさらなる可能性を追求する形で、ナチスが蹂躙(じゅうりん)した欧州で戦後にドイツと周辺国の対話を進めてきた。どうしてそんなことができたのか。
私がここまでの旅で垣間見た、ナチズムの教訓をもってナショナリズムの陶冶に努めるドイツの営みをどう考えるかとあわせて、ぜひ話を聞きたい人がいた。
中心部から住宅街にさしかかるあたりまで30分ほど歩き、二階建ての白壁の研究所に着く。階段を上った廊下奥の所長室で、エッカート・フクス氏(58)がにこやかに迎えてくれた。2015年から所長を務める歴史学者だ。
コーヒーをいただきながら、話は研究所の由来と活動から、歴史教科書の可能性、そしてドイツの教育や新興右翼政党の伸長といった現状にまで及んだ。貴重な話を今回と次回に分け、インタビューの形で紹介する。