【22】ナショナリズム ドイツとは何か/ブラウンシュバイク② 国際教科書研究所
2020年10月22日
近代国家において国民がまとまろうとする気持ちや動きであるナショナリズムと、歴史を国民が共有するための教科書の関係を考えている。2月18日午後、ドイツ北部のブラウンシュバイクにあるゲオルク・エッカート国際教科書研究所を訪れた話を、前回から続ける。
インタビューの相手はエッカート・フクス所長(58)。戦後ドイツが徐々にナチズムへの反省を深め周辺国と進めた和解を、歴史教科書に関する二国間対話という形で支えてきたこの研究所を率いる。その意義をめぐるやり取りは前回紹介したが、今回は、にもかかわらず排外主義が目立ってきたドイツの現状について聞く。
――ドイツでは、今世紀に入り移民にルーツを持つ人々が次々と射殺されたり、中東からの大量の難民を受け入れた政府を批判する新興右翼団体が勢力を伸ばしたりしています。「ネオナチ」とも呼ばれるこうした現象をどう見ていますか。
戦後、欧州の旧敵国と和解し共存する必要があったドイツは、歴史の解釈でコンセンサス(社会の合意)を築いてきました。二度の大戦を経てナチスを生んだ罪を受け入れ、教育に反映させ、ホロコースト(大量虐殺)を疑う人はいなくなった。だがいま、戦後初の大きな試練に直面しています。その合意を新興右翼政党が揺るがそうとしているのです。
この研究所ではドイツの歴史的な罪だけでなく、欧州全体が直面する移民、多様性、ジェンダー、過激主義といった現代の課題についても、国内外の教科書を分析、比較し、認識を共有するよう提言してきました。だが社会は複雑さを増すばかりで、しかも現在進行形の問題は白黒をつけがたい。改訂が数年に一度の教科書で扱うことは困難です。
欧州各国がそうした問題を抱える中で、ドイツではポピュリスト政党が反ユダヤ主義や過激主義をあおり、難民受け入れや同性愛を批判するデモが目立つようになりました。幸いそうした動きに反対するデモもあり、教科書を見直せという話までにはなっていませんが、排外的なナショナリズムが起きていることは確かです。
――この研究所の業績には、かつてドイツが侵略したポーランドやフランスと二国間で歴史認識を共有する教科書の出版にまでこぎ着けたというものがあります。その共通教科書を活用すれば、事態の改善に役立つのでは。
まずドイツの教科書システムを説明します。連邦制で16州それぞれに教育を担当する省があり、学校で教科書を使ってほしい出版社は各州の認証を得る。このブラウンシュバイク市の学校が使う歴史教科書だと、ニーダーザクセン州が認証した教科書リストの中から、学校単位で教師が相談してどれを使うか決めます。
国内には歴史と地理だけで1500種もの教科書があります。私たちが関わった共通教科書を各校で選んでほしくても、わかりやすさや、大学受験への対応などからふつうの教科書になりがちだし、ドイツ西部の州であれば遠く東のポーランドとの共通教科書はますます使われにくい。フランスとの共通教科書も歴史より外国語の授業に使われているようで、残念です。
ドイツ政府にもっと後押しをしてほしいのですが、まだ傲慢なところがある。欧州全体としての歴史認識を育もうという国際的なプログラムがあって、私は去年外務省に行き、参加するにはそれに対応する教材が必要だと働きかけました。ところが答えは「参加しません。なぜならドイツの教科書はすでに素晴らしいから」というものでした。
――最近、ドイツの教育制度に変化はあるのでしょうか。
重要な変化は、2004年以降にコンペテンシー(適応性)重視の教育が広まったことです。国際的な学習到達度調査であるPISAでドイツの2000年の結果がふるわず失望が広がったので、各州の教育文化担当相が集まる会議で指針を転換し、知識を詰め込むインプット重視から、知識を活用するアウトプット重視へと変わっていきました。
例えばフランス革命や産業革命について、重要な年号や人物の名前を覚えることにこだわるのではなく、歴史における革命の意義といった大きなとらえ方で、多角的な視点や批判的な分析をふまえて考えます。教科書には様々な素材や出典が示され、生徒たちはそれを自分でアレンジしながら学習していきます。
この研究所が出版に貢献した共通教科書は、まさにそうした精神の産物と言えます。
ただ、こうした教育を突き詰めていくと、最近のドイツとの関係で難しい面も出てきます。排外主義を唱える新興右翼政党が議会で一定の支持を得るようになったのなら、なぜ彼らの主張を支持してはいけないのかという疑問が出てくるのです。
確かに歴史には解釈が欠かせないし、世界に視野を広げればグレーな分野はいくらでもあります。例えば反ユダヤ主義は許されませんが、中東でユダヤ人が入植したイスラエルと周辺国の紛争についてイスラエルを批判することが反ユダヤ主義かと問われると、たぶん教科書の著者にも答えはありません。
――政治的中立を求められる教育現場での対応には限界があるようにも思えます。
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