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「ゲーテもアウシュビッツもドイツ」 元国立歴史博物館長との対話(下)

【25】ナショナリズム ドイツとは何か/ワイマール② ホロコーストと市民

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

 例えば、前日に訪れた国際教科書研究所のエッカート・フクス所長(58)は、「西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人」としてドイツ各地でデモを続ける団体ペギーダにも「ネオナチ」という言葉を使い、「ナチズムへの反省という戦後社会の合意を揺るがそうとしている」と語っていた。

 かつてナチスがホロコースト(大量虐殺)という最悪の形で具現化した人種や民族への偏見に基づく排外主義に警鐘を鳴らす意味で、あえて「ネオナチ」と呼ぶのだ。

極右団体ペギーダのデモ。「ドイツの土地での宗教戦争に対する非暴力と団結」と書かれた垂れ幕を持って行進した=2019年10月、ドイツ東部ドレスデン

 一方でシュトルツルさんは、今のドイツにみられる様々な排外主義をひとくくりに「ネオナチ」と呼んでしまうと、かつてのナチス自体のすさまじい非人道性がぼやけると危ぶむ。

 フクスさんも「ネオナチ」が旧東側で強い理由については慎重だった。確かに東ドイツではナチズムが共産主義の勝利で克服されたことになった分、戦前のドイツの政府や民主主義のあり方について西ドイツほど徹底した反省はなされなかった。それでもフクスさんは、「再統一前の東と西でのナチス時代への向き合い方の違いにネオナチの原因があると単純には言えない。ベルリンの壁崩壊以降に旧東側に生まれた、社会的、経済的な様々な失望もある」と語っていた。

以前にインタビューに応じた国際教科書研究所のフクス所長=2月、ドイツ・ブラウンシュバイク。藤田撮影

 シュトルツルさんに対し、私は聞き方を変えた。

「人権尊重のパラドックス」

――「ネオナチ」という呼び方はともかく、そうした現象の背景として、ドイツが高度経済成長期から多くの移民を受け入れ、いま中東からの難民への対応に悩む状況をどうみていますか。

 紛争による難民と、労働者としての移民とは、もともと線引きが難しい。ただ、今はただただ受け入れているだけだ。例えば私の妻が通訳をして助けているロシアからの移民は、欧州連合(EU)域外から来た人たちなので働けず、社会保障を与えられるのを待っている。こうした人たちを働かせるような政策が弱すぎる。

 これはパラドックスだ。ナチス時代にユダヤ人を迫害した反動から、戦後のドイツ基本法(憲法)は難民の人権もとても重視している。ところが欧州の国々でドイツだけオープン過ぎると難民が集中してしまい、国内の排外主義に力を与えてしまう。

ドイツでの難民受け入れ反対デモ=2016年3月、ベルリン中央駅前。朝日新聞社

 外国人でもドイツの国土に身を置くならば、ドイツの憲法の一部だ。憲法で高い価値が置かれる人権をないがしろにはできない。だとすれば、彼らを社会の一員として受け入れ、働けるように権利を与え、ドイツ語と専門知識を学ばせるべきだ。

 問題を難しく考えすぎて迷路に入らないよう、シンプルに捉えて具体策を示す。そんな話しぶりに、シュトルツルさんがベルリンの壁崩壊間もない頃、国立ドイツ歴史博物館の館長としてコール首相を支え、再統一されたドイツの国立追悼施設の創設にこぎつけた話を思い出した。

 戦後ドイツの西側にはそうした国立施設がなかった。ナチズムへの反省から、

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