メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

京都ALS患者「安楽死」事件 論点整理と日本にいま必要な議論

日本でも安楽死含む終末期医療や患者の権利について開かれた議論を

児玉聡 京都大学大学院文学研究科准教授

「やまゆり園」の障がい者殺傷事件と同じか

 今回の事件を、2016年に神奈川県相模原市の「やまゆり園」という障がい者施設であった殺傷事件になぞらえる意見も見られた。たしかに、致死薬を投与した医師の1人はSNSなどで優生思想的な意見を表明していたとされており、今回死亡した患者もいわゆる障がい者であることから、やまゆり園の事件と共通する点もあると言える【注3】。

 だが、両者には大きく異なる点もある。やまゆり園の事件は、自分の意見を表明できない知的障がい者を殺害したものである。被害者の意思がわからないとしても、本人に耐えがたい苦痛があり死ぬことを希望していたとは到底考えられない。

 本人の苦しみを取り除くという目的がないのであれば、そもそも安楽死と呼ぶことはできない。また、仮に安楽死と呼ぶとしても、本人の希望に反して行われる「反自発的な積極的安楽死」は、決して許されるものではない。

 それに対し、今回の事件は、女性が死ぬことを希望していたとされる点を考慮すると、「自発的な積極的安楽死」に相当する。本人の希望をかなえるために安楽死を行うのか、あるいはそのような意思とは無関係に行うのかで、行為の倫理性は大きく異なるだろう。

 今回の患者が障がい者であり、医師が特殊な信念を持っていたからといって、この点を抜きにして両者を同一視するならば、現在オランダやアメリカのオレゴン州などの諸外国で行われている安楽死や医師ほう助自殺(PAS)は、すべてナチスの蛮行と同じだという乱暴な議論をすることになるだろう【注4】。

京都事件拡大移送される大久保愉一容疑者=2020年7月23日午後5時37分、京都市下京区、金居達朗撮影

安楽死は障がい者や高齢者差別なのか

 上記の点と関連して、今回の事件で亡くなった患者が障がい者であることから、安楽死は、生産性の有無で人間の価値を決める発想に基づくため、障がい者や高齢者の差別であるという批判も見られた。

 だが、諸外国での安楽死やPASは、必ずしも障がい者や高齢者だけが行っているわけではない。毎年の統計情報が比較的入手しやすいオレゴン州のデータを見ると、毎年、PASを行うのは7割程度までががん患者であり、ALS患者は1割程度だ。PASを行うのは高齢者が多いものの、3人に1人は64歳以下である。PASを受ける者の9割は「人生を楽しくするような活動があまりできなくなった」とか「自律性を失った」という理由を挙げている【注5】。

・・・ログインして読む
(残り:約4153文字/本文:約6897文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

児玉聡

児玉聡(こだま・さとし) 京都大学大学院文学研究科准教授

2002年京都大学大学院文学研究科博士課程研究指導認定退学、2006年博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野専任講師などを経て、2012年から現職。著書に『功利主義入門』(ちくま新書)、『功利と直観』(勁草書房)、『マンガで学ぶ生命倫理』(化学同人)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです