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ナチズムの教訓は原点であり続けるか? 戦後ドイツの現在と未来

【30】ナショナリズム ドイツとは何か/フランクフルト再訪、岡裕人氏に聞く

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

インタビューに応じる岡裕人さん。フランクフルト日本人国際学校で事務局長を務める=ドイツ・フランクフルト。以下も2月、藤田撮影

【連載】ナショナリズム ドイツとは何か

 ドイツのナショナリズムをナチス時代への向き合い方から探る旅は、12日目の最終日を迎えた。2月20日朝に中部ワイマールをドイツ鉄道で発ち、西部のフランクフルトへ。最後の取材をして、夜にフランクフルト国際空港から羽田へ発つ。

 思えば旅の始まりもフランクフルトだった。外国人旅行者用の特急乗り放題パスを駆使した強行軍も終わりか……とぼんやり車窓を眺めていたが、二時間ほどで近郊のハーナウ駅にさしかかり、気が引き締まった。

ドイツ・フランクフルト近郊のハーナウ駅を通過する特急の車窓から

 前日にこの町で移民のルーツを持つ9人が射殺された、というニュースが流れていた。この連載で冒頭に紹介した事件だ。(※ハーナウでの連続射殺事件に触れたこの連載のプロローグ)

 犯人はまだ逃げているのだろうかと思いながら、混み合うフランクフルト中央駅で降り、ローカル線で数駅の住宅街へ。トランクをごろごろと押しながら、フランクフルト日本人国際学校を訪れた。最後の取材で、岡裕人事務局長(57)に話を聞くためだ。

フランクフルト日本人国際学校=ドイツ・フランクフルト

 この旅では岡さんに大変お世話になった。ベルリンの壁が崩れた留学中から30年を超えるドイツ在住。ドイツ史で博士号を持ち、日本人学校で教師として歴史を教え、二人の子はドイツの公立学校に通った。教育関係者との交流を生かしたドイツの歴史教育に関する著書は取材で大変参考になり、要所へのアポイントでも助けていただいた。

 校舎に入ると、日本人の子供たちの賑やかな声が響いていた。事務局長室に岡さんを訪ね、ハーナウの事件に触れると「恐いですね。EU(欧州連合)の加盟国間は移動が自由で銃規制も難しいですし…」。

 ぶつけてみたい疑問がたくさんあった。挨拶もそこそこにインタビューを始めた。

歴史教育現場のいま

 私がフランクフルト近郊のヘッセン州立校で参観した、高校一年生にあたるクラスの歴史の授業について聞いてみた。ナチス政権に多くのドイツ人が無抵抗だった中、処刑すらされた抵抗について、実例をもとに「自分たちならどうしたか」と考えさせる内容だった。

 岡さんは答えた。

フランクフルト日本人国際学校でインタビューに応じる岡裕人さん

 今回はその部分を参観されたわけですが、ナチス時代に関するドイツの歴史教育ではまず、あの戦争犯罪はヒトラーや取り巻きだけでなく国民全体を巻き込んで行われたということを教えます。今でも記録映画が残っていて、ヒトラーの演説や、喝采を送る国民の映像も見せ、少年少女から洗脳して巻き込んでいったことを説明します。

 民主主義が衆愚政治になりうる怖さを伝えた上で、その中でもきちんとナチスを批判する人たちがいたことを教える。今も民主主義ではポピュリズムが問題になっていますが、もし大勢がそうなっても自分たちにはできることがあることを生徒たちに気づかせる、という授業のもって行き方ですね。

 教師が材料を与えて考えさせ、生徒が疑問や意見を持ち、批判すべきはするというのは、戦後の西ドイツで世代が交代し、1970年代にナチス時代を直視できるようになって以降の教育です。ただ、当初は若者も責任を負うべきだという重苦しい教え方でしたが、さらに世代交代が進むと、若者はそういう教育ではついてこなくなります。

 冷戦が終わって、ソ連をはじめ共産圏でも人権を抑圧してきたという話が出てきました。ドイツでは2006年のサッカーW杯をホストして若者が国を誇らしく思う空気も強まりました。ナチス時代の相対化というか、直視しつつも暗い面ばかりを見ない。ナチスへの抵抗をしっかり教えるこの授業には、そうした面もあるのでしょう。

ドイツ・ヘッセン州の州立校でのナチス時代について学ぶ歴史の授業の様子=フランクフルト近郊

社会をまとめ続ける挑戦

 だが、ナチス時代のドイツだけが悪いわけではなかったという議論は、行き過ぎるとドイツでは過去を直視する妨げになって、排外主義的な新興右翼政党の伸長を後押ししてしまわないだろうか。

 そこは難しいところです。ただ、今や過去を直視すると言っても、戦後ドイツに来た多くの移民の家族にすれば、ナチス時代には世代交代の問題以前に、そもそもつながりがない。ナチス時代はひどかった、繰り返してはいけないと言っても「知らないよ」という話になってしまうんです。だから、世代や出自を超えて教訓とすべき人類の問題として、戦後の基本法(憲法)に掲げられた「人間の尊厳」を大事にしないといけない。
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