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何があっても変わらない「野球が好き」というシンプルな気持ち

野球人、アフリカをゆく(31・最終回)コロナで世界が変わっても野球人の思いは続く

友成晋也 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

<これまでのあらすじ>
 かつてガーナ、タンザニアで野球の普及活動を経験した筆者が、危険地南スーダンに赴任し、ここでもゼロから野球を立ち上げて1年3カ月が過ぎた。奇跡的に出会った数少ない野球経験者であるアメリカ帰りのピーター、ウガンダ帰りのウィリアム両コーチと共に野球人口がふえ、ついには南スーダン野球・ソフトボール連盟(SSBSA)が立ち上がる。野球とソフトボールのお披露目イベントを開催することにし、準備を進めてきていたが…。

 「えっ!なんだこれは!」

 パソコンの画面をみて、思わず声をあげてしまった。

 それは、3月13日の金曜日のことだった。突然、エマージェンシー(緊急)情報がメールで入ってきた。添付ファイルのPDFを開くと、「新型コロナウィルス感染症を防ぐ強化措置」と題した英文書面。発出者は「南スーダン保健省」と書いてある。

南スーダンにも広がる新型コロナウイルス

 2020年の年初から世界をざわつかせ始めたCovid-19。いわゆる新型コロナウィルス感染症は、中国・武漢から広まり、瞬く間に世界中に拡散していった。WHO(世界保健機関)がパンデミック宣言をしたのは3月11日。翌12日時点では、114の国と地域に広がり、感染者は11万8千人強。死者は4300人近くになっていた。

 その流れを踏まえ南スーダン政府は、初めて新型コロナに関する通知を出した。そこには、感染者が発生した国へのフライトの停止、入国制限などに続き、国内のソーシャルディスタンスの規制についても書かれていた。

 「スポーツイベント、宗教の集まり、文化・政治的イベントを規制する」

 イベント禁止…。まじか…。

連盟の発足セレモニーの行方は

 翌日14日は、立ち上がったばかりの南スーダン野球・ソフトボール連盟(SSBSA)が主催する初イベントとして、ピーター事務局長が中心となって準備を進めてきた「ローンチング(発足)セレモニー」だ。アウトドアとはいえ、さほど広くない施設に300人集まるとしたら、それは密集状態になるだろう。

 しかし、まだこの国の政府発表では、感染者はゼロだ。今ならやっても影響がないのではないか。今後、感染者が出てくれば、南スーダン国内の感染拡大は避けられず、セレモニーの開催のめどは、ますます立たなくなるだろう。やるなら今しかないともいえる。規制が発表されたすぐ翌日のイベントなら、許容されるのではないか…。

 さんざん逡巡した挙句、自分なりに結論をだして、ピーターに携帯で連絡した。

 「ピーターか?大変なことになった。政府発表みたか?」

 「いえ、何かあったんですか?」

 「コロナ対策が発表されたんだ。イベントは中止するようにお達しが出てる」

 「えっ!明日のローンチングセレモニーは、もう準備万端です。今朝もウィリアムと一緒にラジオに出演して、明日のセレモニーの呼びかけをしたところです。他にもいろんな学校やスポーツ関係者、国際機関は各国大使館など、もうかなり周知が進んでいます」

 うむむ。そうだよな。ここまで準備を進めてきたんだし、ここで延期にしてしまったら、本帰国を3週間後に控えた私自身が出席できなくなる。しかし、そんな気持ちとは裏腹な言葉がでてきてしまう。

 「気持ちは痛いほどわかるよ、ピーター。しかし、政府にお墨付きを与えてもらった連盟が、政府のお達しを無視してイベントを強行してしまったら、連盟発足早々味噌をつけることになってしまう。リスクが高い」

 受話器の向こうのピーターは、黙って聴いている。いつも柔和な笑顔のピーターもすぐには納得できないのだろう。

バルナバ連盟会長の判断

南スーダン野球・ソフトボール連盟のローンチング(発足)セレモニーのチケット。ピーター事務局長の渾身の力作も、直前の中止で幻のチケットに。

 「ピーター、一番の問題は、連盟会長のバルナバさんが大統領顧問であることだ。彼の顔をつぶすわけにはいかない。事情を説明して、判断を仰いだらいい」

 バルナバ会長が、開催してよい、と判断すれば、やればいい。政府高官ともいえる彼の威光がきくような気もする。私自身は、それにかけるしかないと思っていた。しばらくして、ピーターから電話がかかってきた。

 「ミスター・トモナリ、バルナバ会長は中止と判断しました」

 ピーターの声は当然ながら沈みがちだ。

 「そうか。残念だけど、しょうがないよ。デモンストレーションの選手たちにも中止を伝えないとね」

 「明日は午前9時半にいつものジュバ大学のグラウンドに集合ですので、その場で中止を伝えるしかありません」

最後の練習でサインプレー!?

 3月14日土曜日当日。ジュバ大学に30人以上の選手を集め、イベントの中止とその理由を伝えた。輪になって黙って聴いている選手たちだが、梯子を外されたような気分だろう。誰も何も言わずに立って黙って聴いている。おそろいの黒いTシャツを着てきた女子選手たちの方が落胆ぶりが素直に顔に出ている。

ローンチングセレモニーが中止になったことを選手たちに伝える筆者。

 せっかくたくさんの選手たちが集まった機会。もしかしたら、この日が彼らとの最後のひとときになるかもしれない。

 「よし、せっかく集まったんだから、今日はまた新しいことにチャレンジしよう。野球にはサインプレーというものがあるんだ」

 この日のグラウンドは、いつもプレーするサッカー場が試合に使われているため、グラウンド横の内野くらいのスペースしか使えない。毎回、練習にはいつもなにか新しいことを伝えてきた。そこで、この日は、これまで教えてきた攻撃の三つのチームプレー、盗塁、バント、ヒットエンドランについて、ブロックサインを使う練習をやってみることにした。

バント、盗塁、ヒットエンドランの三つの機動力戦略の説明をする筆者。この後、サインプレーの練習に入った。
 「野球はコミュニケーションスポーツなんだ。サインプレーで大事なことは、チームのみんなが集中することだ。バッターやランナーがサインを見逃していれば、みんなでそれを伝えよう」

 小さなスペースに塁間を短めにとったミニダイヤモンドを作って、2チームに分け、改めて選手に説明する。

 「口を触ったら盗塁、胸を触ったらバント、ベルトを触ったらヒットエンドラン。僕は何か所か身体の場所を触るけど、帽子のつばを触った直後の場所がサインだ」

野球は知れば知るほど面白いスポーツ

 最初は戸惑う選手たち。やってみれば間違だらけ。そのたびに笑いが起きる。でもそれは選手たちが集中している証拠。ローンチングセレモニーがドタキャンになって落ち込んだ気持ちも薄れただろう。

 打って、投げて、走る。そんな基礎的なこともまだ十分ではない彼らだが、状況を踏まえて戦略を展開する。それを攻守両チームが考えて対応する。うまくなればなるほど、コミュニケーションのやりとりも高度になり、野球の奥深さや魅力が広がってくる。野球は知れば知るほど面白いスポーツだ、ということを伝える最後の練習になるかもしれないと思い、指導にも熱がこもった。

 練習終了後、「サインプレーの練習、どうだった?」と選手たちに訊くと、気恥ずかしそうに「難しいです」「失敗ばかりでした」といいながら、なんとも嬉しそうな表情をする。キャプテンのジオンは「このチャレンジは、野球の難しさを感じたけど、すごくレベルアップになるように思います」と、なかなか勘所のいいことをいう。

 「野球は頭を使うスポーツなんだ。攻撃側と同様に、守備にもサインプレーがあるんだ。今度はその練習もしよう」というと、ジオンは目を輝かせながら「オーケー!」とはにかみ笑いを見せた。

 しかし、その機会が訪れることはなかった。

サインプレーの練習。三塁コーチャーに金森大輔(ダイス)が入り、ブロックサインを送る。

4月終わりから爆発的に感染が拡大

 新型コロナ感染症の猛威はますます世界中に拡散し、アフリカにも遅れて大波がやってきた。4月に入って初めて感染者がでた南スーダンは、しばらく小康状態が続いたものの、4月の終わりになって爆発的に感染が広がった。

 南スーダン政府は感染拡大に伴い、国境封鎖や空港閉鎖、学校の休校や公務員のリモートワーク推進、5人以上の集会は禁止、など、次々に規制強化を打ち出していた。

 アフリカの中でも、南スーダンは新型コロナ感染症に対するリスクがもっとも高い国と言われ、JICA関係者は全員国外退避することになったが、国際線の商用便はすべからく停止され、不定期な臨時便に頼らざるを得ないため、なかなか退避が進まない。

 JICA関係者といっても、ナイル川に架ける橋の建設や、水供給施設などのインフラ工事に携わる人も含めると、約300人にもなる。日本人だけでなく、エジプト人、フィリピン人、スリランカ人などの「外国人」もいるため、それぞれの母国まで到達するフライトの確保が難しく、かなりの時間を要するのだ。

 本来なら、4月の上旬に任期を終えて本帰国するはずだった私だが、このような状況のなかでは、退避するのは事務所の所長である自分が一番最後になる。

 3月の中旬から関係者の退避を順次開始したが、全関係者の退避のめどがついたのは5月28日だった。

 ようやく私自身の本帰国だ。この2カ月強は、関係者の退避と事務所の感染回避の対策に追われる日々だった。特に感染回避は重要なミッションだった。もし感染し、肺炎が重症化したら、人工呼吸器や集中治療室などがほとんど機能していない南スーダンで命の保証はない。

 しかし、この未知なるウィルスへの危機感の啓発が市民の間では十分ではなく、連日35度を超える常夏のこの国では、マスクを着用している人は市中で少しずつ増えてきているものの、あまり見られない。新型コロナ感染症は蔓延(まんえん)しているとみるのが自然だろう。

本帰国直前、最後のミーティング

筆者の自宅に管理していた野球道具をすべて南スーダン野球・ソフトボール連盟に移管するため、まずは道具の数を確認。これらはすべて日本で集めてもってきたもの。ピーターが数を数えている。

 そんななか、気になったのは野球団の選手たちのことだった。南スーダンに着任して以来、一時帰国をしている時以外は、ほぼ毎週彼らとグラウンドで汗を流してきた。ジュバにいるのに、2カ月以上も会わないでいるなんて初めてだ。もともと4月に帰国することを伝えていたが、選手たちからたまにSNSで「もう日本に帰国したんですか?」というメッセージが入るたびに、「飛行機がないからいつ出国するかわからない」と返信してきた。

 いよいよ別れの時が来るのだが、人が集まるようなイベントの開催は禁止されているので、練習はもう無理だ。選手たちに別れを言うチャンスはない。

ピーターとウイリアムが野球道具を箱詰めして運搬した。
 ピーターとウィリアムとは、南スーダン野球連盟のオフィス兼倉庫になるスペースを確保し、私が集めて保管していた野球道具を移管したり、今後の計画の打ち合わせをしたりなどで時々会う機会があったが、帰国前には、あらためて会って別れと感謝を告げたい。

 また、最初の頃からずっと参加してきたキャプテンのジオンなどの古株数人の選手たちにも、最後に伝えたいことがある。そこで、ピーターに電話をかけ、相談をもちかけた。

 「来週には日本に向けて出発するので、最後に会えないかな」

 「ついに帰国するんですね。2日後の5月30日の土曜日9時はどうでしょうか」

 「土曜日ならこちらも大丈夫だ。ありがとう。それと、ピーターとウィリアムの他に、ジオンや、デイビッドなど、リーダーシップをとってくれたメンバー数人にも声をかけてほしいんだ。これまで1年9カ月かけて教えてきたことをレビューするミーティングをしたい。技術的なことも含めるので、運動のできる格好で、中心メンバー数人を集めてほしい」

 「わかりました。ただ、いつものジュバ大学は閉鎖されてますので、ジュバ教区セカンダリースクールのグルのグラウンドにしましょう」

数人だけのつもりが……

 5月の終わりとなると、南スーダンは雨季の真っ最中だ。前の晩から降り始めた大雨が、朝には小雨になっていた。南スーダン野球団の毎週日曜日の練習は、雨季の期間でも雨で中止になったことは1年9カ月の間で1回しかなかった。

 そのジンクスはこの日も続いていた。9時にグラウンドに着いた時は、曇天ながら雨は上がった。

 ピーターとウィリアムがいる。そして、ジオンとデイビッドの他に、アブドゥール、エマなどの熱心に練習に参加してくれた選手たちが、すでにグラウンドに来ていて、キャッチボールをしていた。大雨のせいでグラウンドはゆるいが、本格的な練習をやるわけではないので、これで十分だ。

 ピーターとウィリアムに「今日はありがとう!」と手を挙げながら声をかけ、足元が悪いなか、グラウンドまで歩いてやってきた選手たちにも「おはよう!久しぶりだね。雨模様の中、よくこれたね」と労(ねぎら)った。

 そして、キャプテンのジオンに「ピーターから聞いたと思うけど、今日はこれまで教えてきたことをレビューしようと思うんだ。最後の振り返りだ。さあ、はじめよう」と声をかけた。

 するとジオンが「もう少し待ってください。まだ他の選手たちがきますから」という。

 「えっ?他の選手たち?」

 古参選手たちに代表して参加してもらい、数人くらいでやるつもりだったが、気づけばよく見る顔が続々と増えている。「グッドモーニング、サー」という女性の声に振り返れば、女子ソフトボールの選手たちが数人歩いて近づいてきた。いつのまにか、グラウンドには、いつもと同じくらいの選手たちが、5人の女子を含め、25人も集まっていた。

 みんなに会えると思ってなかったので、嬉しい気持ちもありつつ、困惑してしまった。

 「ジオン、なんでこんなに集まったんだ? 今日は練習じゃないぞ。リーダー格の選手中心のレビューミーティングなんだよ」と、ジオンの耳元でささやくと、「みんなに声を掛けたら来ちゃったんです」としれっと悪びれずに言う。

 「ピーター! これ、まずいんじゃないか?コロナ対策で、今は5人以上集まるスポーツは禁止だろ?」

 今度はピーターの耳元でひそひそ声で話すと、「大通り沿いにあるジュバ大学のグラウンドなら目立ちますが、ここは大通りからずっと中に入った場所ですし、そもそも学校の中にありますから、誰も見てません。大丈夫ですよ」と、いつもの柔和な笑顔を見せながらピーターはのんきに言う。

ソーシャルディスタンスを保って練習

ホーム付近に集まらず、両手を広げ、必ず距離(ソーシャルデイスタンス)を取るように指示。

 あらためて自分の立場とこの状況を頭の中で整理した。AIなら瞬時に、「このまま続けるのはハイリスク。すぐに解散し、帰宅させるべき」と解答を出すだろう。しかし、目の前には25人もの選手たちが、いつもの練習開始の合図になるホイッスルを待って自分を見ている。

 私は意を決して、乗ってきた防弾車の運転手に買い物をお願いした。そして、ピーター、ウィリアムとこの後の進め方を打ち合わせをしたうえで、いつもの定位置であるホームベースの上に立ち、「ピー!」と集合の合図の笛を鳴らした。

 グラウンドに散らばっていた選手たちがホームベースに向かって集まろうとしてきたところで、「ストップ!」と声をかけた。

 「今日はソーシャルディスタンスを保った練習だ。みんな手を広げて!広げた手と手の間を1メートルあけた位置を保つんだ。練習中、ずっとだ」

 初めての指示に困惑しながら、みんながオズオズと手を伸ばし周囲を見渡しながら距離感を図っていく。

 「よし、座って」

 腰を下ろした選手たちを見渡し、「今日は雨上がりの朝にもかかわらず、こんなに集まってくれてありがとう!」というと、25人、50個の目が私に注がれた。いつも以上に気持ちが集中しているように思える。

 「私は間もなく日本に帰国することになった。だから、今日は私が指導する最後の練習だ。これまでみんなに教えてきたことを、今日は振り返る練習にする」と言いながら、私は「野球はコミュニケーションスポーツ。南スーダン野球のバリューは『規律』『尊敬』『正義』」と書かれたホワイトボードを掲げた。

 「我々が目指した野球はこれだ。コミュニケーションがよいチームは強い。君たちは練習を通じてこれを学んできたよな?」。うなずく選手たちに、「では、よいコミュニケーションとはなんだ?」と問うた。デイビッド選手が「声をだすことです」と答えた。

 「そうだ。でも、その声が小さかったら? 相手には届かないよな。相手が聞こえるように、大きな声をだすことだ。相手の立場に立って、相手のことを思いやることが、正しいコミュニケーションなんだ」

コーチもソーシャルデイスタンス。両手を広げた上でさらに間を取るように指示。

神様が与えてくれた奇跡の3時間

 その時、いいタイミングで運転手が買い物から戻ってきて、買ってきたマスク25個を私に渡してくれた。

 「今から、このマスクを全員に配布する。今日はこれをつけて練習する。これは君たちをコロナウィルスから守る以上に大事な役割があるんだ」

 ピーターとウィリアムが手分けして一人ずつに配ったマスクをつける選手たちに向かって、「君たちには、家族や大切な友人がいるだろう?」とまた問いかけた。

 「感染力の強いコロナウィルスは、君たちくらい若ければ、治る病気だ。そんなに恐れることはない。でも、高齢者や病気を持っている人には怖い病気だ。その人たちにうつさないようにする思いやりが、このマスクの意味なんだ。野球を学んできた君たちは、この意味が分かるはずだ」

 全員がマスクを着用して、最後の練習が始まった。キャッチボールの意味、ゴロの捕り方、フライの捕り方、スイングの仕方、声を掛け合ってコミュニケーションを取り合うこと、チームワーク……。これまで伝えてきたことをあらためて確認するレビュー練習は、3時間近くにも及んだ。

 すべてのプログラムが終わったところで、またぽつぽつと雨が降り始めた。この3時間は神様が与えてくれた奇跡の3時間だったのか。

 最近の天候の傾向から、また大雨になるかもしれない。いつもは最後にたっぷり行うミーティングも今日は無理だと判断し、グラウンドに散らばっている選手たちに「よし、今日はこれで解散しよう。でも、最後にこれだけは覚えておいてほしい」とトーンを上げて声をかけた。

 「野球を通じて学んできたことは、君たちの人生のためにもなり、この国の平和のためにもなる。だから、野球を忘れないで!」

 マスク越しに、ソーシャルディスタンスを保っていると、気持ちが伝わりづらいものだが、なぜかこの時は、グラウンドに散らばっているみんなの表情がよく見えたような気がした。

バッティングの基礎知識のおさらい。指導中も常にマスク着用。

「彼らは、間違いなく、野球が好きなんです」

 雨が少しずつ強くなってきたので、車に向かって歩きながら、盟友ピーターとウィリアムに声をかけた。

 「ピーター、ウィリアム、今日はありがとう。まさかこんなにたくさん集まってくれて練習までできるとは思ってなかったよ」

 すると、ピーターがくしゃっと表情をくずして「彼らが集まったのは彼らの自主性です。私もこんなに集まるなんて思ってなかったです」という。隣でウィリアムもうなずいている。

 アメリカから南スーダンに帰国し、再び野球と出会い、ついには野球・ソフトボール連盟まで立ち上げたピーターは、歩いてグラウンドを去っていく選手たちに目をやりながら、つぶやいた。

 「彼らは、間違いなく、野球が好きなんです」

野球人は、これからもなお、アフリカをゆく

 2020年、コロナは世界を変えてしまった。

 世界中の、多くの人々の命が奪われ、多くの人が財産や夢を失った。

 私にとって、2020年は、アフリカの野球と関わって四半世紀の区切りの年だった。

 かつて貧困の代名詞だったアフリカは、この25年間で、経済発展を続ける成長大陸になった。野球の持つ「価値」を人材育成に活かせていければ、アフリカは真の希望の大陸になっていくと、私は信じている。だからこそ、アフリカ野球友の会の活動をさらに昇華させ、「財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構」に看板と実施体制を変えて、さらなる発展につなげようと考えた。

 コロナ禍で、その夢の実現に、急ブレーキがかかってしまった。

 世界の情勢が激変していくなか、今、未来の形は誰にも見えない。

 しかし、南スーダンの野球少年、少女たちが最後に教えてくれたこと。「野球が好き」というこれ以上ない、このシンプルな気持ちは、たとえ世界がどう変わろうとも不変だろう。

 だから――。

 野球人は、これからもなお、アフリカをゆく。(完)

※「連載・ 野球人、アフリカをゆく」は今回で終わりです。長い間お読みいただきありがとうございました。「ここ」から全31回がすべて読めます。

1年9カ月滞在した南スーダンを出発したばかりの飛行機の窓からナイル川を望む。紛争や治安悪化ではなく、感染症が理由で退避することになるとは夢にも思わなかった。