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何があっても変わらない「野球が好き」というシンプルな気持ち

野球人、アフリカをゆく(31・最終回)コロナで世界が変わっても野球人の思いは続く

友成晋也 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

連盟の発足セレモニーの行方は

 翌日14日は、立ち上がったばかりの南スーダン野球・ソフトボール連盟(SSBSA)が主催する初イベントとして、ピーター事務局長が中心となって準備を進めてきた「ローンチング(発足)セレモニー」だ。アウトドアとはいえ、さほど広くない施設に300人集まるとしたら、それは密集状態になるだろう。

 しかし、まだこの国の政府発表では、感染者はゼロだ。今ならやっても影響がないのではないか。今後、感染者が出てくれば、南スーダン国内の感染拡大は避けられず、セレモニーの開催のめどは、ますます立たなくなるだろう。やるなら今しかないともいえる。規制が発表されたすぐ翌日のイベントなら、許容されるのではないか…。

 さんざん逡巡した挙句、自分なりに結論をだして、ピーターに携帯で連絡した。

 「ピーターか?大変なことになった。政府発表みたか?」

 「いえ、何かあったんですか?」

 「コロナ対策が発表されたんだ。イベントは中止するようにお達しが出てる」

 「えっ!明日のローンチングセレモニーは、もう準備万端です。今朝もウィリアムと一緒にラジオに出演して、明日のセレモニーの呼びかけをしたところです。他にもいろんな学校やスポーツ関係者、国際機関は各国大使館など、もうかなり周知が進んでいます」

 うむむ。そうだよな。ここまで準備を進めてきたんだし、ここで延期にしてしまったら、本帰国を3週間後に控えた私自身が出席できなくなる。しかし、そんな気持ちとは裏腹な言葉がでてきてしまう。

 「気持ちは痛いほどわかるよ、ピーター。しかし、政府にお墨付きを与えてもらった連盟が、政府のお達しを無視してイベントを強行してしまったら、連盟発足早々味噌をつけることになってしまう。リスクが高い」

 受話器の向こうのピーターは、黙って聴いている。いつも柔和な笑顔のピーターもすぐには納得できないのだろう。

バルナバ連盟会長の判断

拡大南スーダン野球・ソフトボール連盟のローンチング(発足)セレモニーのチケット。ピーター事務局長の渾身の力作も、直前の中止で幻のチケットに。

 「ピーター、一番の問題は、連盟会長のバルナバさんが大統領顧問であることだ。彼の顔をつぶすわけにはいかない。事情を説明して、判断を仰いだらいい」

 バルナバ会長が、開催してよい、と判断すれば、やればいい。政府高官ともいえる彼の威光がきくような気もする。私自身は、それにかけるしかないと思っていた。しばらくして、ピーターから電話がかかってきた。

 「ミスター・トモナリ、バルナバ会長は中止と判断しました」

 ピーターの声は当然ながら沈みがちだ。

 「そうか。残念だけど、しょうがないよ。デモンストレーションの選手たちにも中止を伝えないとね」

 「明日は午前9時半にいつものジュバ大学のグラウンドに集合ですので、その場で中止を伝えるしかありません」

最後の練習でサインプレー!?

 3月14日土曜日当日。ジュバ大学に30人以上の選手を集め、イベントの中止とその理由を伝えた。輪になって黙って聴いている選手たちだが、梯子を外されたような気分だろう。誰も何も言わずに立って黙って聴いている。おそろいの黒いTシャツを着てきた女子選手たちの方が落胆ぶりが素直に顔に出ている。

拡大ローンチングセレモニーが中止になったことを選手たちに伝える筆者。

 せっかくたくさんの選手たちが集まった機会。もしかしたら、この日が彼らとの最後のひとときになるかもしれない。

 「よし、せっかく集まったんだから、今日はまた新しいことにチャレンジしよう。野球にはサインプレーというものがあるんだ」

 この日のグラウンドは、いつもプレーするサッカー場が試合に使われているため、グラウンド横の内野くらいのスペースしか使えない。毎回、練習にはいつもなにか新しいことを伝えてきた。そこで、この日は、これまで教えてきた攻撃の三つのチームプレー、盗塁、バント、ヒットエンドランについて、ブロックサインを使う練習をやってみることにした。

拡大バント、盗塁、ヒットエンドランの三つの機動力戦略の説明をする筆者。この後、サインプレーの練習に入った。
 「野球はコミュニケーションスポーツなんだ。サインプレーで大事なことは、チームのみんなが集中することだ。バッターやランナーがサインを見逃していれば、みんなでそれを伝えよう」

 小さなスペースに塁間を短めにとったミニダイヤモンドを作って、2チームに分け、改めて選手に説明する。

 「口を触ったら盗塁、胸を触ったらバント、ベルトを触ったらヒットエンドラン。僕は何か所か身体の場所を触るけど、帽子のつばを触った直後の場所がサインだ」

野球は知れば知るほど面白いスポーツ

 最初は戸惑う選手たち。やってみれば間違だらけ。そのたびに笑いが起きる。でもそれは選手たちが集中している証拠。ローンチングセレモニーがドタキャンになって落ち込んだ気持ちも薄れただろう。

 打って、投げて、走る。そんな基礎的なこともまだ十分ではない彼らだが、状況を踏まえて戦略を展開する。それを攻守両チームが考えて対応する。うまくなればなるほど、コミュニケーションのやりとりも高度になり、野球の奥深さや魅力が広がってくる。野球は知れば知るほど面白いスポーツだ、ということを伝える最後の練習になるかもしれないと思い、指導にも熱がこもった。

 練習終了後、「サインプレーの練習、どうだった?」と選手たちに訊くと、気恥ずかしそうに「難しいです」「失敗ばかりでした」といいながら、なんとも嬉しそうな表情をする。キャプテンのジオンは「このチャレンジは、野球の難しさを感じたけど、すごくレベルアップになるように思います」と、なかなか勘所のいいことをいう。

 「野球は頭を使うスポーツなんだ。攻撃側と同様に、守備にもサインプレーがあるんだ。今度はその練習もしよう」というと、ジオンは目を輝かせながら「オーケー!」とはにかみ笑いを見せた。

 しかし、その機会が訪れることはなかった。

拡大サインプレーの練習。三塁コーチャーに金森大輔(ダイス)が入り、ブロックサインを送る。

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筆者

友成晋也

友成晋也(ともなり・しんや) 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構 代表理事

中学、高校、大学と野球一筋。慶應義塾大学卒業後、リクルートコスモス社勤務を経てJICA(独立行政法人国際協力機構)に転職。1996年からのJICAガーナ事務所在勤時代に、仕事の傍らガーナ野球代表チーム監督に就任し、オリンピックを目指す。帰国後、2003年にNPO法人アフリカ野球友の会を立ち上げ、以来17年にわたり野球を通じた国際交流、協力をアフリカ8カ国で展開。2014年には、タンザニアで二度目の代表監督に就任。2018年からJICA南スーダン事務所に勤務の傍ら、青少年野球チームを立ち上げ、指導を行っている。著書に『アフリカと白球』(文芸社)。

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