メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

いま必要な「対立の超克」「連帯」「不戦」

「東アジア不戦推進プロジェクト」がめざすもの

西原春夫 早稲田大学元総長

終戦の記憶

 1945年、昭和20年8月15日、私は17歳だった。75年経った今でも、ラジオの雑音を通して聞いた玉音放送を、うだるような暑さとうるさいほどの蝉の声とともにまざまざと覚えている。

 年齢からして徴兵の対象にはならないが、集団疎開の対象には至らないため、当時でいう「銃後少年」の最年長組として、現在からは想像もつかないさまざまな体験をし、生命の危険も何度も味わった。いつも怪談を聞かせてくれた叔父は中国で戦死し、一歳年下の妹は、戦時中学徒動員で駆り出された工場で結核を移され、終戦の翌年に亡くなっている。華やかな青春時代など一度も味わえずにこの世を去った妹を守り切れなかった兄としての悔いを、一生抱えて生きてきた私である。

 「戦争は絶対にしてはならない。」これはそれ以来の私の固い信念であった。

拡大敗戦を伝える昭和天皇の放送を聴く人たち= 1945年8月15日、大阪市・曾根崎警察署前

戦後の歴史と現在における戦争の危険

 今年は新型コロナに明け暮れる毎日だったが、さすがに8月に入るとテレビや新聞の報道の影響を受け、沖縄戦、原爆、終戦など、75年前の日本のことが国民の意識に上ってくる。その頂点にある8月15日の少し前12日に、あまり報道されなかったが、ひとつのささやかなオンライン記者会見が行われた。主催は私が代表を務める「東アジア不戦推進機構」、題目は「提言発表会」。提言は、東アジアの不戦状態を求めるものであった。

 私が戦争の不安を感じ出したのは、2015年ごろからである。第二次世界大戦が終わった後、世界は東西冷戦構造に陥り、戦争があるとすれば東西間の出来事にほぼ限られていた。

 様子が変わったのは1990年ごろを境に冷戦構造が終結した時である。その間西側でヨーロッパの統合が進んだこともあり、先進国の間ではもう戦争は起こらないのではないかという楽観的な空気さえ広がった。現に戦乱は複雑な歴史的、宗教的な課題をかかえる中近東やアフリカに限られた。先進国の間ではグローバリズムが進み、その成果としての平和が訪れたのである。

 しかし奇しくも原因はまさにそのグローバリズムにあった。現段階では人類は国ごとに分類されている。グローバリズムは国の発展に都合の良い限度で歓迎されるが、それが個別の国の利害と矛盾するようになったとき、国はグローバリズムに背を向ける。その傾向が表れ始めたのは、2010年ごろからであった。

 一つのきっかけは、シリア内戦などの中東紛争から大量の難民がヨーロッパに押し掛けるという現象にあったように思う。それは既存の個別国家の経済秩序や雇用情勢、教育行政などに大きな影響を及ぼしたからである。さらに国際経済の分野では、大国中国の急速な台頭も背景の一つに上げられるであろう。

 先進国の中で現れてきたのが、ひたすら統合を進めてきたEUの中に反統合の動きが出てきたことであり、それがついに2015年イギリス国民がEU離脱を国民投票で決定するという形で表面化した。

 ついで注目されたのが、翌2016年、アメリカにおけるトランプ大統領の登場である。これまで世界の警察をもって任じてきたアメリカが、「アメリカ・ファースト」の立場を鮮明にし、それまで自ら率いてきたいくつもの国際組織から離脱したのだから、その影響は大きかった。それは結果として、次第に実力を積み重ねてきた中国の国際社会における地位をさらに向上させることとなった。そしてそれが再びアメリカに跳ね返り、現在見るような中米の覇権争いにまで立ち至ったのである。

 これは今までも繰り返し取られてきた施策だが、最近に至って再び強調されるようになったのが、自由主義諸国による中国包囲網の結成である。日本では「自由主義の弧」と言う表現が使われている。中国は「覇権は行わない」と宣言しているが、その海外進出の手法を見てみると、疑わしくなってくる。それを食い止める手段としてこのような手法が考えられるのも、理解できないではない。

 ただ私が憂慮するのは、かつて日本がそれを経験したことである。確かに当時の日本のアジアにおける行動は、それまでアジアに利権を築いてきた欧米諸国からすれば許しがたく、それを抑制する包囲網が築かれたのは、当然ありうることであった。

 私は幼くはあったが、そのころのことを知っている。いわゆるABCD包囲陣は、日本への石油輸出を禁止する厳しいものであり、日本の存続を脅かしかねない力を持っていた。しかし日本にとっては「引くに引かれず」だったのだろう、日本はそれを打開するために「開戦」の道を選んだ。政治力学とはそういうものである。

 「自由主義の弧」という施策は、そのような過去の経験を思い起こさせる。国には面子というものがあり、それを犯されると簡単に力の行使に至る。「自由主義の弧」思想は、戦争を生む要因を含んでいると言わざるを得ない。不安は増大した。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

西原春夫

西原春夫(にしはら・はるお) 早稲田大学元総長

1928年生まれ。東アジア不戦推進機構代表。刑法学者。1982年から90年まで早稲田大学総長。のち学校法人国士舘理事長、特定非営利活動法人アジア平和貢献センター理事長、財団法人矯正会会長などを歴任。著書に『犯罪各論』『刑法総論』『犯罪実行行為論』など。