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レバノン大爆発。マクロン仏大統領の支援要請は国際的連帯か内政干渉か

いち早くベイルート入り。国連とオンラインの国際支援会議も開催。その狙いは。

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

独立までフランスの影響下にあったレバノン

 レバノンは第1次世界大戦後の1920年、シリアの一部としてフランスの委任統治下になり、1943年11月に独立するまでの約20年間、フランスの植民地と同様、政治・経済・文化など、あらゆる面で強い影響下に置かれた。

 マクロンは「レバノン国民への支持、友情、そして友愛的連帯の証言者として、当然の行動だ」と訪問の意義を強調。死者が少なくとも137人、負傷者約6000人、崩壊家屋約30万(8月11日現在)の未曽有の大惨事に見舞われたレバノンに対し、人道緊急援助の必要性を強調した。

 「内政干渉」批判も視野に入れて、「(レバノンの)政治指導層に教訓をたれに来たわけではない。来るべき3週間が、レバノンの将来にとって決定的だからだ」と述べ、緊急訪問を正当化。一方で、レバノンの指導者との「率直かつ要求の多い真の対話」の機会が目的であることも言明し、危険物放置を含めたレバノン政府の無策、無能ぶりを暗に批判した。

「救世主」扱いにまんざらでもないマクロン

 大爆発の原因となった硝酸アンモニウムはロシアから運輸されたもので、現場の倉庫に6年前から放置されていた。2750トンの爆発危険物を海上運輸したロシア人船長は、ベイルートのロシア領事館に「放置状態を何とかしてくれ」と懇願するたびに無視され、「プーチンが特殊部隊を派遣して我々を解放してくれることを望んでいるのか」と、皮肉を込めた抗議をしていた。

 船長は爆発後、レバノンの地元紙に対し、「プーチンには毎月、手紙を書いて『我々の運命は囚人より悪い。なぜなら、いつ釈放されるか知らないから』と訴えた」と告白した。この手紙に対し、モスクワからは毎回、「貴殿の要請は外務省に伝えた」との切り口上の返事しかこなかったという。ロシアにも責任があったわけだが、レバノン政府が何らの手段も講じなかった罪は重い。

 マクロンを取り囲んだ市民からは、「レバノンはあんたの息子だ!」「フランスに要請したいのは援助ではない、政治的行動だ!」「ここの政治家どもを放逐するのを支援してくれ!」などの叫び声が上がり、マクロンが慌てて、「それは私の仕事ではない」と否定するシーンも見られた。

 「救世主」扱いされるとは思っていなかっであろうマクロンだが、

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト

元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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