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英国のEU離脱により明らかとなった明と暗

花田吉隆 元防衛大学校教授

英国議会前広場で、EU離脱に祝杯をあげる人たち=2020年1月31日、ロンドン、石橋亮介撮影

 7月21日、EU首脳会議が合意した7500億ユーロの基金創設は、後世、EU統合の歴史的一里塚と評されよう。EUの名において共通債を発行、資金を市場で調達し、コロナで大きな被害を受けたメンバー国に配分する。これはまさに、EUがこれまで欠いていた資金移転メカニズムに他ならない。EU統合はこれで加速されることとなり、その意義については、拙稿「人が集まり共同体を創ることの意味とは」で論じた。

 2016年、英国がEU離脱を決め、米国でトランプ氏が大統領になった時、世界は2016年をもって「冷戦終結後の歴史の曲がり角」と評した。欧米でポピュリズムが荒れ狂い、民主主義陣営代表の英米二カ国までもがその刃に屈した。大西洋を挟む二大国の混乱は、戦後自由主義陣営の基軸である大西洋同盟をも危うくする。

 中でも、英国のEU離脱は、それまで順調に統合の歩みを進めてきたEUが初めて味わう挫折だ。EU統合は大きくつまずいたと言われた。

英国離脱が統合のプラス要因に

 それから4年、事態は思いもしない方向に進んでいく。7月のEU首脳会合が示したのは、英国のEU離脱が逆に、EU統合のスピードを加速するのではないかということだ。英国がEUに残留していれば7500億ユーロの基金創設は合意されなかったに違いない。

 首脳会議では倹約4カ国(オランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン)が独仏による資金移転メカニズム案に強硬に反対した。英国がそこにいれば、英国も一緒になって反対したはずであり、その結果、7500億ユーロの基金が日の目を見ることはなかっただろう。実際は、英国の姿はそこになく、独仏が合意した以上、倹約4カ国がいくら反対してもその力は限られている。つまり、英国離脱は、統合を進めていく上でのプラス要因だったのだ。

 統合とは、異なったメンバーを、いかにして一つの理念の下にまとめていくかということだ。同質のもので構成されていれば、統合は比較的容易だが、そこに異質なものが混じれば統合は遅々として進まない。米国は、1861年から65年にわたる南北戦争で、南部を排除し合衆国建設を進めることもできた。実際はそうせず、これを統合の上、合衆国を創った。それが今の強大な経済力を生む背景にもなったが、他方、異質のものを取り込んだことにより、人種という根深い分断の種を抱え込むことになった。人種の分断は、何か事あるごとに表面化し、今に至るも米国社会を揺さぶっている。

 EUも、英国という異分子がいれば活力の源泉となり、長い目で見ればEUの発展にとりプラスだったに違いない。だから、これが抜けたのは明らかにマイナスだ。しかし、統合に限ってみれば、異質な要素を排除することで統合が一気に進む契機になる。英国のEC参加以来、英国は事あるごとに自国利益を主張、EU(EC)はこれに特権的地位を認め譲歩せざるをえなかった。英国という存在が、EU統合にブレーキをかけてきたことは明らかだ。そのブレーキが外れるとは何を意味するか。EUは先の首脳会議で早速その効果を見せつけた。英国離脱は統合加速の原動力だったのだ。

ファーウェイ排除問題で米に屈した英国

 視点を移し、英国側から見てみる。離脱後の事態は英国の思惑通りに進んでいるか。

 英国はEUの頚城(くびき)から脱し、行動の幅を広げることにより、かつての大英帝国の二番煎じを実現できるのではないかと夢見た。そのカギは米中との関係緊密化だ。実際はどうか。

 英国は、米国との間に「特別な関係」があると自負する。離脱後これをテコに、自らのポジションを強化していけると踏んだ。しかし実際はそうならなかった。いい例が5Gからのファーウェイ排除だ。

 当初、米国のファーウェイ排除要求に対し、英国は首を縦に振ろうとしなかった。5G網は既に構築過程にあり、そこではファーウェイ製部品が多く使われている。いまさら、これを他社製品に代えることはいかに米国の要求とはいえ現実的でない。さらに、

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