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イージス・アショアはまだまし。安保政策への信頼を失わせた政府の数々の嘘

反対を恐れて嘘をつき、同意をとりつけて既成事実化するやり方が安保に与えた影響とは

山本章子 琉球大学准教授

普天間へのオスプレイ配備計画を隠した政府

 NHKのETV特集「ペリーの告白」(2017年11月18日放送)で、ウィリアム・ペリー元国防長官はある重大な告白をしている。

 ペリーは、1996年の米海兵隊普天間飛行場(沖縄県)の返還合意を主導した人物だ。告白によると、実は普天間飛行場の返還条件として建設される代替施設は、「ヘリコプターとMV-22(オスプレイ)の基地」となることが最初から決まっていた、という。しかし、当時の日米両政府はそのことを隠す。

 ペリーは、日米両政府のこの判断は間違っていたと、率直な後悔の弁を吐露している。「遅かれ早かれ、オスプレイは人々の知るところとなります。それを知った人は、客観的な議論だけでなく、こうも言うでしょう。『あなたたちは我々をだまそうとした。本当のことを言っていない』と」

拡大インタビューに答えるウィリアム・ペリー元米国防長官=2017年11月14日、カリフォルニア州パロアルトの自宅、ランハム裕子撮影

 ペリーは正しい。返還合意から16年後の2012年8月末、森本敏防衛大臣と面会した市民団体が、当時の日米協議に関する米政府の公文書を突きつける。1996年11月27日付で、在日米軍司令部が太平洋軍総司令部などに送ったその文書には、「防衛庁のタカミザワ氏から」渡された、「(普天間代替施設への)オスプレイ配備について沖縄防衛施設局から沖縄県および地元住民に説明するためのQ&A」が記載されていた。

 森本と市民団体の面会直前、モロッコでオスプレイが事故を起こした。面会の約ひと月後の10月1日には、普天間飛行場にオスプレイを12機配備することが決まっていた。沖縄県や普天間飛行場のある宜野湾市が、「事故機」オスプレイの配備に反対している最中、最悪のタイミングで真実が露呈したのである。

 ところが、面会に立ち会った防衛省は、文書は「米国が作ったもの」だから関与していないと回答。普天間飛行場へのオスプレイ配備を日本政府が知ったのは、前年の2011年6月だと答える。嘘に嘘を重ねたのである。

 その結果、何が起きたか。

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筆者

山本章子

山本章子(やまもと・あきこ) 琉球大学准教授

1979年北海道生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。2020年4月から現職。著書に『米国と日米安保条約改定ー沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年)、『米国アウトサイダー大統領ー世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)、『日米地位協定ー在日米軍と「同盟」の70年』(中公新書、2019年)など。

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