村上太輝夫(むらかみ・たきお) 朝日新聞オピニオン編集部 解説面編集長
1989年朝日新聞社入社。経済部、中国総局(北京)、国際報道部次長、台北支局長、論説委員などを経て現職。共立女子大学非常勤講師、日中関係学会理事。共著に『台湾を知る60章』(明石書店)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
「三権一体」の北京の論理、一党支配が自治と自由を飲み込む
香港国家安全維持法が2020年6月末に成立した。
香港の立法会を迂回し、中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会による制定という手続きを経たこと自体がまず問題だが、この法律の内容もまた、香港の自治を破壊し、市民的自由(言論、集会の自由など)を侵害するものだ。国家安全の名のもとに、具体的被疑事実を明確にしないまま、リンゴ日報創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏や民主活動家らの身柄拘束がすでに相次いでいる。
日米欧メディア、また主要国の政治家、識者はこれを「一国二制度が破壊される」と批判する。これに対し、香港地区において国家安全にかかわる憂いをなくし、一国二制度を万全なものにする、というのが中国の立場だ。議論はすれ違いを起こしている。
そもそも一国二制度とはどういう意味か、から考えてみたい。
香港基本法の第5条は、こう明記する。
香港特別行政区は社会主義の制度及び政策を実施せず、従来の資本主義制度および生活様式を保持し、50年間変更しない。
つまり二制度とは「社会主義」と「資本主義」である。
香港基本法は1980年代に起草作業を進め、返還に先立って1990年に制定された。当時、中国は社会主義国と称して違和感はなかったが、今の中国はほぼ資本主義と見なしうる。だとすれば「二制度」と称することはもはや無意味ということになりかねない。
ところが中国共産党の自己規定では、今も中国は社会主義を実行している。社会主義とは、公有制を中核とする経済の仕組みだけではない。その上部構造たる政治の仕組みが共産党の指導する人民民主独裁であることを含んでいる。
それは人民の名の下に共産党が支配する権力集中型の体制を意味する。最高機関たる全人代が行政、司法を監督する。さらにこれら各機関の上に、指導的立場を有する共産党がある。これはスターリン時代のソ連憲法を引き写した体制である。
そんな体制の領域外に香港を50年間置いておくのが基本法の約束だ、と解釈することができる。