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ドイツの旅を終えて 日本のナショナリズムの可能性と危うさ

【31】ナショナリズム ドイツとは何か/エピローグ 民主主義を陶冶する

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

民主主義の歴史の違い

 最後に、自分が国民として属する国、日本に立ち戻る。

 ドイツの旅を終えて、日独を比べる際には気をつけねばと実感したことがある。それは、民主主義とナショナリズムの関係だ。ドイツでは第一次大戦の敗北で帝政が終わって民主主義を築いただけに、そこからナチス政権を生んだ教訓は重い。だが、日本の歴史は異なる。

 二百数十藩を数えた日本は明治維新を経て近代国家としてまとまるが、欧米列強に抗すべく一部の藩が主導し天皇を戴く形だった。「万世一系ノ天皇」が世襲により統治し、国民はその下にある「臣民」とする憲法ができた。

拡大初代首相を務めた伊藤博文が枢密院での憲法制定審議の際に携行したと思われる大日本帝国憲法の草案。伊藤の書き入れがある=国会図書館提供

 国民がまとまろうとするナショナリズムは、戦前の日本では天皇を中心に国民全体を家族に擬す「国体」の維持へ傾いた。教育で「忠君愛国」が徹底され、力の限られた議会は迷走し、天皇の統帥権を盾に軍が独善を正当化した。ドイツのように民主主義が独裁に陥ってナショナリズムが暴走した訳ではなかった。

 敗戦で日本とそのナショナリズムは、さらに複雑な状況に置かれた。米国を中心とする占領下で新憲法が生まれ、国民は主権を手にしたが、天皇も国家と国民の象徴として存続した。

 民主主義でナショナリズムを陶冶するのは国民だ。どんな理念を重んじる国を目指すのか。それは人権や国際協調を軽んじていないか。政治家の言葉と行動を吟味し、自分たちの代表として投票で選び、国をかたどらねばならない。

 ドイツでは、排外主義を唱える政党の勢いに揺れながら、民主主義がナチズムを生んだ教訓という原点に戻ろうとする人々がいた。だが、日本ではそうした意味でのナショナリズムはあまり意識されてこなかった。敗戦は民主主義の失敗としての教訓に乏しく、国民を巻き込んだ革命や独立運動で民主主義を手にしたわけでもないからだ。

 日本のナショナリズムは、理念よりも愛国心と混ざり合う。その情念は明治から培われ、戦後も天皇が象徴として存続しただけに根強い。かつての「忠君愛国」と敗戦をつなぐ記憶が薄れてゆき、愛国心の発露にためらいがなくなるほど、国民が国をかたどり陶冶するという本来のナショナリズムからはますます遠ざかる。

 戦前の軍国主義を支えた「日本の旧ナショナリズムの役割」を、日本政治思想史の泰斗、丸山真男は東大教授当時の1951年の論考でこう述べている。

 「一切の社会的対立を隠蔽もしくは抑圧し、大衆の自主的組織の成長をおしとどめ、その不満を一定の国内国外のスケープ・ゴーツ(生け贄のヤギたち)に対する憎悪に転換することにあった」(「日本近代史叢書(1)日本のナショナリズム」、1953年、河出書房)

拡大丸山真男の論考。「日本近代史叢書(1)日本のナショナリズム」、1953年、河出書房より

 戦後50年を過ぎた頃から、日本では国政選挙の投票率が下がり、無党派層が増えてきた。高度成長は過去のものとなり、社会に閉塞感が募る中で、今年まで続いた安倍政権は歴代最長を享受した。その指導者が「国のかたちを語る」として改憲を唱えた様は、本来のナショナリズムを追う営みのように見えて、理念よりも愛国心で浮き立っていた。

 民主主義を手にしたはずの日本に、丸山の言う「旧ナショナリズム」は根強い。

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筆者

藤田直央

藤田直央(ふじた・なおたか) 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)

1972年生まれ。京都大学法学部卒。朝日新聞で主に政治部に所属。米ハーバード大学客員研究員、那覇総局員、外交・防衛担当キャップなどを経て2019年から現職。著書に北朝鮮問題での『エスカレーション』(岩波書店)、日独で取材した『ナショナリズムを陶冶する』(朝日新聞出版)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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