狭い、部屋がない、居場所もない……。「雨露をしのぐ」住宅政策から脱却の好機に
2020年09月03日
第一波のコロナ感染拡大で、テレワークを推進した企業が多かった。もちろんホワイトカラーの、それも大企業に多く、テレワークができるかどうかでも格差の問題が顕著になったが、テレワークしたくてもできない人たちからではなく、テレワークになった人たちの悲鳴があちこちから上がった。
「家では仕事ができない!」というのだ。まず、家が狭くて、仕事部屋どころかコーナーすら確保できないという。
1979年にECが出した非公式の「対日経済戦略報告書」の中で、日本人の住居がウサギ小屋と形容され(フランスの集合住宅も似たような狭さなのだが)、我が国で急速に「うさぎ小屋」が自嘲気味に使われるようになったことを、覚えている人もいるだろう。
確かに、当時、多くの人が買うにも借りるにも、値が高くて狭い住居に不満を募らせていたのは明らかだ。その頃から40年の月日がたったが、住宅事情はさほど良くなっていない。最低居住面積水準未満の世帯は、平成5(1993)年は12万5700世帯で世帯全体の11.3%だったのが、平成30(2018)年には12万9900世帯(全世帯中の7.9%)と割合は減っている。
最低居住面積水準は、世帯人数に応じて健康で文化的な住生活を営む基礎として必要不可欠な住宅の面積に関する水準で、平成18(2006)年に見直しが行われ、たとえば4人世帯なら50平方メートルは必要になった。といっても、トイレも風呂もこの中に入るから実際の居室のスペースは狭くなる。
誘導居住面積水準は、豊かな住生活実現を前提として多様なライフスタイルに対応するために必要と考えられている面積水準のことだが、これはまさにテレワーク型ライフスタイルにも合う住宅ということか。この中でも都市居住型誘導居住面積水準は国土交通省の定めでは4人世帯で95平方メートルになっている。
これなら、まあまあの居室スペースがあることになるが、95平方メートルというと3LDKで、30年物の中古なら東京で5000万円強。賃貸なら月の家賃が20万円前後。子ども2人がいて20万円の家賃は、かなりの高収入でないときつい。もちろん地域によって差はある。
テレワークでは部屋数が大事だが、部屋数が多いのは、1位は富山(6.49部屋)、2位は福井(6.27部屋)、3位は岐阜(6.05部屋)、4位秋田(6.03部屋)。少ないほうの1位は東京(3.42部屋)、2位神奈川(4.02部屋)、3位沖縄(4.09部屋)、4位大阪(4.12部屋)である。
最下位の東京でも3.42、つまり3部屋あるのかと驚かれるかもしれない。これは持ち家(61.1%)と借家(35.8%)の合計の平均だからで、居住面積も室数も借家は持家の半分以下というのが現実だ。また、一戸建てと共同住宅(マンション・アパート・団地など)の比較で見ても、一戸建ては平均128.64平方メートル、共同住宅は47.92平方メートルと2.7倍の開きがある。「家では仕事ができない!」と悲鳴が上がるのは当然なのである。
「テレワークのために、家具の配置を替え、不要な物は捨てて、仕事コーナーを作った」という知人がいたが、「山の手線も地下鉄も外出自粛と在宅勤務でガラ空きだったから、そこでテレワークしてたよ」という友人の笑えない話もあった。
アメリカはボストンの隣町に住む友人の家に1週間ほど泊めてもらったことがある。彼女の夫は車でボストンに通勤し、彼女自身はニューヨークに本社のある企業の社員だったが、仕事はすべて在宅勤務だった。本社だけでなく、全米の支店や世界各国の顧客ともつながり、家に居ながらにしてオンライン環境さえ整っていれば仕事ができるのだと感心した。
今の話ではない。25年前、日本ではやっと細川護熙内閣で端末の自由化(買い取り制度)がされて、通信業界全体の大きなターニングポイントになった頃だった。アメリカではその年1994年の9月20日が「従業員テレワーク日」に指定され、連邦政府機関や民間企業がテレワークを積極的に推進していた。
「車の渋滞に巻き込まれる通勤もないし、集中して仕事をしたら、料理や散歩で息抜きもできる。テレワークは快適よ」と彼女は言った。確かに広い家で彼女の仕事部屋も立派で、うらやましい限りだった。「日本だって、あんな通勤ラッシュで消耗するのをやめてテレワークを進めればいいのに」と忠告もされた。
大いに一理あると思った。排気ガスだって少なくなり、環境にも貢献できる。「でも今の日本の住宅事情じゃ在宅ワークは難しいかも」と私。「そうね。働き方と同時に住宅政策も変えなきゃね」
テレワークでは、仕事部屋の有無がかなり大事だが、機材の性能の問題もあるし、何より仕事に集中できるかが大きなポイントとなる。アメリカの友人の仕事部屋は、リビングルームなどから隔離された独立のもので広さもあったが、それだけでなく、2人の子どもは既に高校生で、彼女が集中して仕事をしている間は学校に行っている。帰宅しても、彼女がドアに「仕事中」と札を下げておけば邪魔をしなかった。
このコロナ禍で突然在宅勤務になった人たちは、まず仕事場と良性能の機材の確保に追われただけでなく、集中できる場と時間の確保に頭を悩ましたに違いない。子どもは休校中である。保育所も預かってくれないとなると、小学校の低学年や乳幼児がいて2DKか2LDKの家で、在宅の仕事に集中するのは至難の技だ。
子どもはぐずる、泣く、おもちゃは壊す、兄弟喧嘩はする。夫も妻も在宅勤務の場合、育児と家事と仕事を交代でやろうとしたって、子どもはちっともおとなしくなどしていない。
「頭を使う仕事なのに」「締め切りがあるのに」「集中しなきゃできない仕事なんだよ」。イライラして怒鳴りたくなってしまうことだって出てくるだろう。あー、よくわかる。私もずーっと一人で在宅勤務の働き方で子どもを育ててきたから。
私が鬼の形相で原稿用紙に向かっている時は(古いなあ、今ならパソコンだ)、娘もわかっていて話しかけるのを我慢している。こんなときに話しかけられると集中力が途切れ、次に何を書こうとしていたかしばし、取り戻せない。
そこで料理や食器洗いをしていると、娘は嬉しそうに学校であったことを話してくる。ところが物書きというのは因果な商売で、料理や掃除をしながら、原稿の構想を考えている。原稿用紙の前に坐って考えるのではないのだ。それがわからないから、母親が上の空で自分の話を聴いていないとわかったときの、娘の落胆と母親への不信!「もういい。あなたには何も話さない」と娘は言った。
在宅勤務で目の前にパパがいるのに、何を言っても聴いてくれない。「うるさい」と怒鳴られる。よほど注意しないと、在宅勤務が親子関係を悪化させかねないのだ。
今後、毎日でなくても週に3日程度の在宅勤務が各企業で進む可能性がある。
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