「時間かせぎ」で積み上げられた瓦礫の山を乗り越えるのは誰か
2020年08月28日
2020年8月28日、安倍総理は持病の悪化を理由に退陣の意向を表明した。憲政史上最長の在職日数を誇った政権としてはあっけない幕切れであった。
「ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた、一度は偉大な悲劇として、二度目はみじめな笑劇として」(注1)。
カール・マルクスの名著『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』の冒頭で語られる、このフランス革命を覆したナポレオン・ボナパルトの「悲劇」、共和制を覆した甥ナポレオン三世の「笑劇」の反復が、二度の安倍政権に例えうるかはまだ定かではないが、ともあれ、このマルクスの一節はいままっさきに頭に浮かぶことだろう。だがそれは病苦という自然の帰結ではなく政治帰結、すなわち、「戦後レジュームからの脱却」を謳い日本国憲法の改正を掲げたものの道半ばで辞任に追い込まれた「一度目」。そしてその雪辱を晴らすための改憲の実現が、改憲3分の2の議席を得たにもかかわらず挫かれたままで辞任せざるを得ないという「二度目」を迎えたことに対してである。
この安倍総理退陣の一報を報じたのは台湾のメディアであった。台湾では8月19日に「安倍総理は潰瘍性大腸炎に苦しんでおり、仕事に支障があることが明らかに。総理は先月首相官邸で血を吐き、17日に慶応大学付属病院に行った。日本のマスコミでは総理が24日に辞任する可能性が高く、麻生太郎副首相が首相に就任するという噂がある」との報道がなされていた(注2)。
日本のマスコミが沈黙するなか、台湾では先週から「大使館が何をやっているのか」、「麻生になったら安全保障など方針は変わるのか」、「中国の動向はどうか」と騒ぎになっていたのである。もっとも退陣表明は28日であり、24日は安倍総理が二度目の通院をした日であったが、この日あたりから「ポスト安倍」をめぐる激しい情報戦が繰り広げられることとなった。
ネット記事や27日発売の「週刊文春」等で安倍総理の生々しい病状が暴露され、「退陣間近」という雰囲気がつくりあげられた。他方26日の夕刊フジは、「官邸周辺は「複数のニセ情報ルート、謀略情報ルートが明らかになった。『新聞・通信社関係』や『党幹部周辺』『厚労省周辺』『病院関係者』などだ。愉快犯のようにウソを吹聴している人物もいた。裏切り者がハッキリ分かった。安倍首相は今後、適切に対応するだろう」と報じ、かかる報道合戦により、官邸・与党内部で激しいリーク合戦と粛清が生じていることが次第にあらわになってきていた。
8月28日午後NHKの取材に答えた自民党幹部は「辞任の意向は聞いていなかった。驚いている」と答えている。昨年以来の、河井夫妻、菅原一秀の醜聞暴露の背景にあった、麻生副総理と菅官房長官の「ポスト安倍」をめぐる攻防が収まらず、泥沼の権力闘争を抱え込んだまま、安倍総理はギリギリの判断で辞任を表明せざるを得なかったということだ。
史上最長を記録した安倍政権は終わる。しかし、「一強多弱」といわれたこの政権に対して、ついに野党は一矢を報いることすらできなかった。同時に与党も安倍政権にかわる新しいリーダーを生み出せなかった。そして安倍総理は、宿願である憲法改正を一歩も前にすすめることができなかった。安倍政権は自らの政治的負債の重みで自然倒壊したのであり、この政権を主体的に乗り越え新たな政治を創りあげようとする営為はどれも実を結ぶことはなかった。
かくして「二度目」はありとあらゆる政治勢力にとって「みじめな笑劇」として幕を閉じたのである。なんらの政治的刷新ももたらさないこの総理交代劇に期待を寄せる者は誰一人としていない。目前に広がるのは、ただただ政治の無力さと、深刻化していく新型コロナ危機への不安のみである。われわれはいま、安倍総理の退陣にあたり、この政権の全体像が理解できる地点に立っている。ただその地点からみえるのは、安倍政権の「時間かせぎ」によりうず積み上げられた瓦礫の山である。
(注1)カール・マルクス、植村邦彦訳、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』、平凡社、2012年、15頁。
(注2)壹新聞NEXTTV「安倍健康亮紅燈?傳24日辭官暫由麻生接任」(2020年8月19日)
第二次安倍政権の長期支配に正当性と土台を与えたのは、経産省主導の目玉政策「アベノミクス」であった。「異次元」と呼ばれる大規模な金融緩和と、日銀による大規模な国債の買い入れ、そして大規模な公共事業投資により、市場に大量の金を放出し、経済を活性化させるという経済成長戦略である。
これは財政支出を削減し、規制緩和を推進することで民間市場を活性化させるという小泉構造改革の経済成長戦略とはやや異なる。第一次安倍政権は小泉構造改革をそのまま継承し
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