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【1】安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である

私たちの再出発は、公正と正義の理念の復活なくしてあり得ない

白井聡 京都精華大学人文学部専任講師

日本を取り戻す

 一体何から私たちは始めなければならないか。相も変わらず、テレビのワイドショーは、「スシロー」こと田崎史郎といった面々を毎日起用して、次期総理は誰だ、小泉進次郎がどうのこうの、といった愚にもつかない政局談義を垂れ流している。おそらくテレビ局は、自分たち自身と視聴者がどこまでの愚物になり果てることができるのか、人間の限界に挑戦しているのであろう。

 日本の再生のためには、こうしたジャンクな光景が一掃されなければならない。そしてそれに代わって、安倍政権下で失われたもの、すなわち公正と正義をめぐる議論が提起され、それが実行に移されなければならない。

 安倍晋三の健康問題をめぐってはその扱い方をめぐってさまざまなことが言われているが、体調不良とこれまでの政権運営における責任の問題は、完全に無関係である。健康問題のために、この7年間余りに犯してきた罪に対する追及がうやむやになることは、絶対に避けられなければならない。仮に、健康問題が深刻化してその最も極端な事態、すなわち当人の死亡という事態が起こったとしても、すでに行なった悪行が消えるわけでは全くないのだ。

拡大参院選で広島選挙区に自民党から立候補した河井案里氏(左)と街頭演説する安倍晋三首相=2019年7月14日、広島市

 私たちの再出発は、公正と正義の理念の復活なくしてあり得ず、その復活のためには、総理自身の違法・脱法行為の究明が絶対的に必須である。少なくとも、山口敬之レイプ事件、森友学園事件、加計学園事件、桜を観る会、河井夫妻の事件の計5件の事件については、徹底的な究明がなされなければならない。そして当然、究明に引き続いて、安倍のみならず関与した他の者の訴追と処罰もなされなければならない。

 この過程を検察に任せきりにするのではなく、国会内に真相解明の特別委員会のような機関が設置されることが望ましいと私は思う。赤木俊夫氏の妻、雅子氏は、総理辞意表明を受けて、「次に総理大臣になる方は、夫がなぜ自死に追い込まれたのかについて、有識者によって構成される第三者委員会を立ち上げ、公正中立な調査を実施していただきたいと思います」とコメントしているが、私は心から同意する。この異常な7年余りの間に法治国家の原則が崩れ落ちたことに対する深い危機感を持つ議員は、与党内にもいるはずである。

 それにしても、安倍政権におけるこうしたスキャンダルを列挙すると、それぞれの件の矮小性にあらためて驚かされる。かつて戦後日本政治を揺るがしたスキャンダル、すなわちロッキード事件やリクルート事件は、それぞれ時代を画するものであった。ロッキード事件については、国際的な謀略の存在がささやかれ続けているし、戦後保守政界の裏舞台で重大な役割を果たした児玉誉士夫など、超大物が関係していた。あるいは、リクルート事件は、製造業から情報産業へという資本主義経済における中心産業の転換を背景として発生したものであり、その意味で時代を象徴するものだった。

 これに対して、安倍晋三がらみの事件の実質は、山口敬之レイプ事件=性犯罪とそのもみ消し、森友学園事件=昭恵夫人の暴走・国有地の叩き売り、加計学園事件=単なる身びいき・公金の横流し、桜を見る会=有権者の買収、河井夫妻の事件=私憤と子分への肩入れの行き過ぎ、であるにすぎない。どの事件にも、その背後で進行する社会構造の大変化などを感じさせるものは何もなく、ただひたすら凡庸でケチ臭い。それは、安倍晋三という人間のパーソナリティの身の丈にまさに合致しているとも言えるのだが。

 しかし、このことは、これらの事件の社会的有害性の小ささを意味するものではない。まさにこうしたスケールの小さい悪事の積み重ね、その隠蔽、嘘に次ぐ嘘といった事柄が、公正と正義を破壊し、官僚組織はもちろんのこと、社会全体を蝕んできたのである。その総仕上げが、黒川弘務を検事総長に就任させようという策動であったが、これが国民の意思の爆発的な噴出(ツイッター・デモ)によって阻止されたことの意義は巨大であると言えよう。公正と正義が完全に葬り去られ凡庸な悪による独裁が完成する事態が、民衆の力によって差し止められたのである。

 安倍の辞任は、病気を原因とすると称してはいるが、支持率の低下と民衆からの批判によるストレスがそこには介在しており、その意味で民衆の力によって追い込まれたという側面を確実に持つ。そして、いま始まったお馴染みの面々(麻生だの菅だの)による跡目争いは、そうした力の作用に対する否定にほかならない。「一般大衆の意図など無意味だ。実際に事柄を差配するのはわれわれだけだ」と。安倍を補佐する共犯者であった彼らが、失われた公正と正義を回復する意図など持っているはずがない。彼らは、安倍が手放した腐った力を拾い上げ、それを振り回そうとしているにすぎない。

 繰り返して強調するが、後継者が誰になろうが(仮に政権交代が起こったとしても)、安倍時代の不正の追及が正面から行なわれない限り、本質は何も変わらない。第二・第三の安倍がまたぞろ現れて、日本社会の腐敗を一層促進するだけのことになる。

 だが、安倍晋三によって私物化された日本を取り戻すという民衆のプロジェクトは、いま確かにひとつの成果をあげたのである。私たちは、選挙はもちろんのこと、デモ、SNS等、あらゆる手段を通じて声を発し、公正と正義の実現に向けてさらなる努力を重ねる必要がある。安倍政権とは、腐食してしまった戦後日本の産物であり、その腐食を促進加速させる動力ともなった。腐食から破滅に向かうのか、それとも急カーブを描いて上昇気流を摑むことができるのか。私たちはいまその瀬戸際に立っているのである。(文中敬称略)

拡大辞任表明した記者会見が終わり、降壇する安倍晋三首相=2020年8月28日、首相官邸

※白井聡さんの「安倍政権を総括する」その2は9月1日に公開の予定です

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筆者

白井聡

白井聡(しらい・さとし) 京都精華大学人文学部専任講師

1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は政治学・社会思想。著書に『永続敗戦論――戦後日本の核心』(太田出版)、『未完のレーニン――〈力〉の思想を読む』(講談社選書メチエ)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、〈力〉の思想』(作品社)『国体論――菊と星条旗』(集英社新書)。共訳書に、スラヴォイ・ジジェク『イラク――ユートピアへの葬送』(河出書房新社)、監訳書にモイシェ・ポストン『時間・労働・支配――マルクス理論の新地平』(筑摩書房)。

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