麻生総理、二階総裁、菅幹事長……「総総分離」案も浮上!?
2020年08月29日
8月28日午後5時、安倍晋三首相は珍しくも左右前方のプロンプターなしに記者会見に臨んだ。プロンプターがないためか記者たちの質問に対する答えは短く、質問に立つ記者たちの数もいつになく多かった。
午後6時ちょっと前、最後から二人目に質問に立った西日本新聞女性記者の質問は、その中で最も意味のある質問だったと私は思う。
「森友学園、加計学園、桜を見る会の問題など国民から厳しい批判にさらされたこともあったと思います。こういったことに共通するのは、政権の私物化といったことではないか。それについて総理はどう考えますか」
この指摘の通り、7年8か月にわたる安倍政権を読み解くキーワードは一言で言えば「政権の私物化」だろう。これに対して安倍首相は、話し始める前に1秒足らず目を瞑り、こう答えた。
「政権の私物化はあってはならないことでありますし、私は政権を私物化したという気持ちはまったくありませんし、私物化もしておりません」
安倍首相が記者会見で本音をしゃべることはない。
このタイプの会見者の場合、記者側は西日本新聞記者のような本質的な質問をズバリと聞かなければ意味がない。特に今回のような「辞任表明」が予告された重要な会見の場合、記者たちが最も本質的と考える質問をしなければ時間の無駄と言っても過言ではない。
この日、会見に先立つ3時間前の午後2時、NHKや民放各社はほとんど一斉に「安倍首相、辞任表明へ」という速報を流した。安倍首相が辞任の意向を固めたという記事(『ポスト安倍は「麻生」か「菅」か/安倍vs二階の攻防激化』)を私が「論座」で公開した8月21日からほぼ1週間経過して、報告した記事内容が現実のものとなったわけだ。
私が安倍首相の記者会見を受けてここに書き記すレポートも、いまだひとつの経過報告に過ぎない。しかし、この経過報告は非常に驚くべきもので、その内容を一言でまとめるとすれば、ズバリ「政権の私物化」である。これをお読みになる読者はさぞ憤ることだろう。
「政権の私物化はあってはならないことであります」
安倍首相はそう語ったが、西日本新聞記者の質問にあったように「森友学園、加計学園、桜を見る会の問題」は、多くの国民の目からはまさに「政権の私物化」問題に見える。
念のために記しておけば、政権とは国民の公的な負託があって初めて構築できるもので、そこに自らや自らの周囲の人間を益するような私物化が存在すれば、道義的な批判を招くどころか即座に刑事問題となるべきものだ。
西日本新聞記者の質問の中には例示されていなかったが、安倍首相の頭を悩ますもう一つの大きな刑事疑惑問題が存在する。「辞任表明」記者会見3日前の8月25日に東京地裁で初公判が開かれた河井克行、案里両夫妻の公職選挙法違反事件だ。
この事件は、昨年7月の参院選で河井夫妻が、選挙区の広島県議や広島市議ら有力者計100人に計約2900万円を配ったとされるもので、その原資となったかどうかはよくわからないが、自民党本部は案里候補者に1億5000万円もの破格の運動資金を交付していた。
1億5000万円は通常の候補者の10倍もの交付金。有力者らに配った金額をそのまま引き算すれば残りの1億2000万円あまりはどこに消えたのか、という問題が残る。政党交付金の分配は党幹事長の仕事だが、これだけの資金を出すには当然ながら安倍自民党総裁の許可が必要だ。
案里候補者の選挙運動には安倍首相の複数の秘書が参画していたことも知られている。私に入ってきた情報によれば、東京地検特捜部は、1億2000万円の消えた先とともに、このあたりのことにもいまだに強い関心を持ち続けているようだ。破格の資金交付を許可し、自らの秘書たちが深く関わってきた選挙だけに、安倍首相にとっては公判途中でどのような事実が出てくるか非常に気になる事件だろう。
安倍首相が辞任表明をした28日の午前10時36分から同11時11分まで、特別に時間を取って二人だけで話し込んだ人物がいた。麻生太郎副総理兼財務相だ。何を話し込んだのかはわからないが、私に入ってきた情報では、安倍首相は自らの後継首相として麻生副総理を強く推している。
私が安倍首相の「辞任意向」を初めて伝えた21日以降、首相後継をめぐって、安倍首相の推す麻生副総理と、二階俊博自民党幹事長の推す菅義偉官房長官との対決の構図が続いている。
そして、この麻生副総理も、疑惑に発展しかねない大きい問題を地元で二つほど抱えている。
ひとつは安倍首相の地元である山口県下関市と麻生副総理の地元、福岡県北九州市を結ぶ約6キロの下関北九州道路の建設問題だ。この道路は1980年代から計画が持ち上がっていたが、2008年には完全凍結された。財政難が凍結の理由であり、その財政事情は現在も何ら変わっていない。
ところが、安倍首相、麻生副総理の下で2019年度に調査が再開された。19年4月、当時の塚田一郎国土交通省副大臣(麻生派、その後落選)が「総理とか副総理は言えないので、私が忖度した」と発言、「忖度道路」と呼ばれて大きな問題となった道路だ。
総工費数1000億円とされるこの道路が本格着工となれば、麻生副総理の実家であり自ら社長も務めた麻生セメントを中核企業とする麻生グループは大きく潤う。
本当に「忖度」なのかどうか、塚田氏は後に発言そのものを撤回しているが、調査再開の背後に横たわる不透明な構造は解明されていない。
麻生副総理に関係するもう一つ気になる問題は、広島県呉市に本社を構える企業が、北九州沖の響灘で進める洋上風力発電事業だ。
独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」(NEDO)から補助金を受けて進めているものだが、この企業の社長が代表を務める政治団体は、麻生副総理の資金管理団体「素淮会」に対して、2017年に2000万円、翌18年にも1000万円を寄付している。
以上の二つの案件はジャーナリストの山岡俊介氏が主宰するアクセスジャーナルで7月29日と8月22日に公開されたものだが、実を言えば、私はそれと同時かその以前からそれらの情報に接していた。
東京地検特捜部が、麻生副総理が関連するこれらの案件に関心を持っているという情報は今のところない。しかし、河井案里氏への1億5000万円供与をはじめとする安倍首相関連の案件には深い関心を持っている。
「官邸の守護神」とも呼ばれた黒川弘務前東京高検検事長が賭け麻雀で失脚。「守護神」を失った安倍首相が新たな「守護神」として「麻生後継」を強く推す構図はよく理解できる。
一方、「麻生後継」に対して「菅後継」を押し立てる二階幹事長の方の事情はどうだろうか。
今月20日、IR事業をめぐる汚職事件に絡んで、秋元司衆院議員が再逮捕されて社会に驚きが走った。保釈中の身でありながら、贈賄罪で起訴された中国企業側に虚偽証言をするよう持ち掛け、報酬の提供を申し出たというのだからあきれ返った人も多いにちがいない。
しかし、自民党を離党するまで秋元衆院議員が所属していた派閥のリーダー、二階氏は別の意味で衝撃を受けた可能性がある。
再逮捕容疑を冷静に眺めてみると、証人買収の申し込みをしたのはあくまで秋元衆院議員の支援者。しかも、支援者は申し込みをしただけで実際に現金を渡したわけではなく、秋元衆院議員は自身の関与を否定している。
保釈中の国会議員の再逮捕は極めて珍しい上に、再度の身柄拘束に踏み切るにしては容疑が弱い。秋元衆院議員側からしてみれば、再逮捕事案がこう見えたとしても不思議ではない。
地検が秋元衆院議員の身柄を抑えて追及する狙いは他に何かあるのではないか。IR担当の内閣府副大臣となった背景には派閥会長である二階幹事長と菅官房長官の力があったとされる。二階幹事長は地元和歌山県のIR誘致をバックアップし、菅官房長官は、これも地元の横浜市のIR誘致を推している。
つまり、菅官房長官と二階幹事長は、ともに秋元衆院議員をつなぐ線で結ばれており、大なり小なり検察の動きには敏感にならざるをえない。こちらの方も黒川「守護神」不在の現在、検察の動きを抑える上で政権を離れるわけにはいかないのだ。
「安倍・麻生」VS「二階・菅」の対決構図はこうして8月21日以降激化の一途をたどってきた。
私に入ってきた情報によると、当初は強気の「安倍・麻生」組が優勢だったが、その後「二階・菅」組の多数派工作が功を奏して形勢逆転。これに麻生副総理の不人気が輪をかけていたが、その後、秋元衆院議員関連の検察情報が「安倍・麻生」組に入ってさらに形勢再逆転……。
安倍首相が辞任表明をした28日夜には、この情勢を受けて「二階・菅」組が驚くべき妥協案を提示した模様だ。
日本国総理と自民党総裁を二人の人物で分け合う「総総分離」案だ。この案によると、総理に麻生氏、自民党総裁に二階氏、党幹事長に菅氏などとなっているようだ。官房長官には麻生派議員の名前が挙がっているという。
この「総総分離」案は、1980年の「大福戦争」の時の大平正芳総理、福田赳夫総裁案、1982年の中曽根康弘総理、福田赳夫総裁案などがあったが、いずれも調整に失敗している。
しかし、今回浮上した「総総分離」案は、以上説明してきたように、ともに疑惑の発覚を抑えようという意図から出た妥協案。そこにあるのは、国民のための政治とは縁もゆかりもない、まさに「政権の私物化」というキーワードで一括りできるような発想から湧き出た代物である。
安倍首相の辞任表明を受けて、事態は非常に流動的だ。この原稿を書いている最中にも、急を告げる新情報が自民党筋から入ってくる。そのひとつは、「総総分離」案と矛盾するかのような総裁選の日程だ。
それによると、今後の道行きは「9月12、13両日に両院議員総会を開いて新総裁を決定、同23日に組閣内定、同25日に臨時国会召集、首班指名」となる。その場合、9月28日か29日に衆院解散、10月25日投開票というシナリオまでついている。
しかし、同時に入ってきた情報によると、「総総分離」案はいまだに消えていない。上記のような日程は流れているが、最後の最後までもつれるのではないか、という予測だ。
その場合、まさに最終段階で「総総分離」案が出てくる可能性がある。「現下の国難に立ち向かうべく強力なオール与党体制を立ち上げた」などと標語的に言いふらすのだろう。
しかし、改めて指摘するまでもなく、このような妥協成立は「悪の談合」と言うべきものであり、良識のある国民が最も嫌悪するものだ。
自民党議員はもう一度政治の初心に立ち返り、党員にまで開かれたフルオープンの総裁選を堂々と実施すべきだ。その選択をしない場合、そう遠くない未来に大変なしっぺ返しを食らうことになるだろう。解党という事態もありうると私は思う。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください