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難病は「弱み」なのか? 潰瘍性大腸炎の政治記者が辞任表明に思うこと

問題の根は「財産」と捉えられない政治家の時代錯誤にある

松下秀雄 「論座」編集長

舩後、木村議員とどこが違うのか

国会開会式に出席する舩後靖彦氏(後列右から2人目)と木村英子氏(同4人目)=2020年1月20日拡大国会開会式に出席する舩後靖彦氏(後列右から2人目)と木村英子氏(同4人目)=2020年1月20日

 ところで私は、重い障がいのある舩後靖彦、木村英子両参議院議員の当選を歓迎している。さまざまな事情を抱えた当事者こそ政治に参加すべきだ、その声を反映させるべきだと考えているからだ。

 だったら、難病患者の安倍さんが首相を務めることも歓迎すべきじゃないか? 私自身、ダブルスタンダードなんじゃないかという気がしないでもない。

 ただ、舩後さんや木村さんと、安倍さんとでは明らかに違うところがある。ふたりは自身の病や障がい、そのせいで味わってきた生きづらさや差別を包み隠さずに語り、そんな社会を変えようととりくんでいる。自身の体験が彼らを突き動かす原動力になっている。

 安倍さんはどうだろう。

 2007年9月に首相を辞任する際、当初はインド洋上の自衛隊の給油活動継続のために「局面を転換する」ことを理由に挙げ、その後、実は健康問題だったと明かした。当初、異なる説明をしたのは「首相は在職中、みずからの体調について述べるべきではないと考えていた」からだと説明した。病を克服できたかのように説明することと同様に、ゴマカシを感じざるをえない。

 「政治家は志を遂げるために自分の病気は徹底して秘匿しなければなりません。病気は大きなマイナスです」。安倍さんは「消化器のひろば 2012.秋号」に掲載された対談で、こんなふうに述べている。しかし、自身の病を弱みや負い目のように感じ、それを覆い隠しながら、生きづらい社会を変えるために、どこまで本気で動けるのだろうか。

「天命とも呼ぶべき責任」はどこへ

 2012年の暮れに首相に返り咲いて以降はどうか。

 施政方針演説や所信表明演説をみると、難病の女の子から届いた手紙を紹介しながら、「難病から回復して総理大臣となった私には、天命とも呼ぶべき責任がある」と、対策強化への決意を示したこともあった(2014年1月)。

 けれど、近年は舩後さんの当選を祝う言葉を除けば、「女性も男性も、若者もお年寄りも、障害や難病のある方も、更には一度失敗した方も、誰もが多様性を認め合いその個性を活かすことができる社会、思う存分その能力を発揮できる社会を創る」(2020年1月)などと、「難病」に触れるのはひとことだけのケースが多い。

 当事者であればこそ、わかる痛みがあるはずだ。自身の病状も、感じてきた痛みも、自分の言葉で語れるはずだ。そうすれば息づかいが伝わり、人の心を動かしていただろう。それは難病患者に限らず、「誰もが多様性を認め合」える社会をつくる力になりえたのではないか。

 しかし結局のところ、安倍さんは難病を自身の「財産」と捉え

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筆者

松下秀雄

松下秀雄(まつした・ひでお) 「論座」編集長

1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、外務省、財務省などを担当し、デスクや論説委員、編集委員を経て、2020年4月から言論サイト「論座」副編集長、10月から編集長。女性や若者、様々なマイノリティーの政治参加や、憲法、憲法改正国民投票などに関心をもち、取材・執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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