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安倍政治の「落とし穴」になった政権スタート時の「成功体験」

権力行使や人事権のあり方を軌道修正することなく歴代最長政権に幕

星浩 政治ジャーナリスト

「トップ人事」で官僚を統制

 金融緩和は、安倍政権が日銀に政策転換を迫って実現したものだ。だが、霞が関の受け止めは違った。官僚たちには「トップ人事」の問題と映っていた。どういうことか。

 安倍政権の発足時はちょうど日銀総裁の交代期にあたっていた。安倍首相は、大胆な金融緩和に慎重だった白川方明総裁の続投を認めず、後任に緩和論者の黒田氏を据えたのである。

 首相官邸の意に背(そむ)けば解任され、意に沿えば抜擢(ばってき)される――。「出世がすべて」の官僚たちに、効果てきめんの人事だった。

拡大会見でパネルを使って異次元の量的緩和について説明する日銀の黒田東彦総裁=2013年4月4日、東京都中央区

 人事によって官僚を統制する手法は、その後もしばしば使われた。そのひとつが、内閣法制局人事だ。

 2013年8月、安倍首相は内閣法制局長官に小松一郎駐フランス大使を抜擢した。法制局長官ポストは、法務、財務、総務、経産各省から出向している法律専門家が順番に就任してきた。外務省出身で法制局勤務の経験がない小松氏の起用は極めて異例だった。理由は明らかだ。

 内閣法制局はそれまで、集団的自衛権(同盟国への攻撃を自国への攻撃とみなして武力行使する権利)の行使は憲法9条で禁じられている、という見解を守ってきた。しかし、安倍首相は米国との同盟強化の一環として、集団的自衛権の行使容認に舵を切る方針を示していた。

 ワシントン大使館で勤務したこともある小松氏は、集団的自衛権の行使容認に前向きな発言をしていた。そこで安倍首相は小松氏を法制局長官にすえ、集団的自衛権についての憲法解釈の変更を推し進めたのである。小松氏はガンが見つかり、2014年に退任するが、集団的自衛権の行使容認を柱とする安全保障法制は15年9月に国会で強行採決され、成立した。強引な政策転換と官僚人事がまかり通った。

 そのころ、安倍首相の側近がこう語っていたのが記憶に残る。

 「官僚たちはそれまでの理屈を守るために激しく抵抗するかと思ったが、意外に弱かった。官僚は人事を考えると簡単に引き下がることがよく分かった」

官邸の「驕り」が招いた森友学園問題

 だが、首相官邸の「驕(おご)り」とも思えるこうした態度には、深い落とし穴が待っていた。森友学園の問題である。

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筆者

星浩

星浩(ほし・ひろし) 政治ジャーナリスト

1955年福島県生まれ。79年、東京大学卒、朝日新聞入社。85年から政治部。首相官邸、外務省、自民党などを担当。ワシントン特派員、政治部デスク、オピニオン編集長などを経て特別編集委員。 2004-06年、東京大学大学院特任教授。16年に朝日新聞を退社、TBS系「NEWS23」キャスターを務める。主な著書に『自民党と戦後』『テレビ政治』『官房長官 側近の政治学』など。

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