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台湾に学べ(2):ディスインフォメーション対策

フェイクニュース、情報工作を効果的に論破

塩原俊彦 高知大学准教授

 このサイトにおいて、過去に何度もディスインフォメーション(意図的で不正確な情報)について論じてきた。「情報操作 ディスインフォメーションの脅威 まったく無知で無防備なままの日本」という記事がその典型だろう。

 ところが、この記事から10カ月ほどが過ぎようとしているのに、まだまだ日本におけるディスインフォメーション対策は不十分だ。そこで、ここでは「台湾に学べ」の第2回目として、ディスインフォメーション対策で先行する台湾の事例を紹介する(第1回目は「台湾に学べ」を参照)。中国共産党による台湾への情報工作が積極的に行われているだけに、台湾当局の対策は他国が学ぶべき優れた内容を含んでいるのである。

台湾外交官はなぜ死を選んだのか

台湾の謝長廷・駐日代表=2016年4月27日、台北

 最初に、台湾当局が猛省した出来事から紹介したい。まず、「大阪駐在の台湾外交官はなぜ死を選んだのか」という興味深い記事をぜひ読んでほしい。

 それによれば、2018年9月14日、台湾外交部(外務省に相当)は台北駐大阪経済文化弁事処(領事館に相当)の蘇啓誠代表が同日早朝に大阪府内で自殺したと発表した。なぜか。9月4日に関西空港では台風21号の影響で大規模な浸水被害が発生しただけでなく、大阪湾に停泊していた貨物船が流されて本土と空港を結ぶ連絡橋に激突、関空への行き来が事実上不可能となり、台湾人や中国人を含む数千人の旅行者が空港内に取り残されたという出来事がきっかけだった。

 このさなかに、中国のネット上で、中国大使館の尽力により、関空から取り残された中国人旅行客がバスで優先的に避難したとの情報がSNSを中心に流れたのである。「中国ではこの情報に『祖国は偉大だ』など賞賛する書き込みが相次ぎ、9月6日までに中国共産党の機関紙である人民日報系列の新聞、『環球時報』など公的メディアの電子版も拡散した情報に追随して報道した」のだという。

 これを信じた台湾のネットユーザーはSNSを中心に、台湾外交当局に対して、「なぜ(中国は動いたのに)駐日代表処は動かないのか」との批判が広がったのである。さらに、主要な台湾メディアも、「新聞・テレビ・ネットで真偽不明と断りを入れつつも中国旅客が優先的に避難し、大阪弁事処が何も対応できていないと報道を展開した」。

 報道によれば、批判の矛先となった謝長廷・駐日代表(大使)は与党・民進党の重鎮であったことから、謝代表を守ろうとする勢力が責任をすべて外交部、とくに駐大阪弁事処に押しつけようとしたのだという。

 この結果、蘇代表は、台湾外交部が駐日職員を大阪に集めて関空での対応を精査する予定だった9月15日の前日に自殺したのだ。

 ところが、報道後になって、中国大使館が自国民を優先的に避難させたというのは、フェイク(偽)ニュースであったことがわかった。「関西エアポートの広報担当者は「中国の領事館が手配したバスが関空内に入ったことや中国人旅行者を優先的に避難させた事実はない」と話している」というのだ。

総統選挙では中国の情報工作が逆効果に

 こんな苦い経験をした台湾では、2019年3月、災害予防救助法第41条改正案が作成され、5月に国会にあたる立法院を通過した。これにより、災害に関する風評や虚偽の情報を流布して国民や他人に十分な害を与える者は、3年以下の懲役、刑事拘留または100万ドル以下の罰金に処すといった罰則を設けた。加えて、同年6月、フェイスブック、グーグル、LINE、ヤフーなど5社は、「誤情報防止サービス事業者の自己規律行動規範」を発表し、ディスインフォメーション対策をネット事業者が自ら講じることにした(「誤報防止:Facebook、LINEなど5大事業者が自主規制の先頭に立つ」参照)。

 2019年12月末には、「反浸透法」が立法院で可決・成立した。既存の政治献金法、国民投票法、ロビー活動法、選挙罷免法などにおいて十分とは言えない、「地方の協力者」に対する罰則措置を強化し、国境外敵対勢力による浸透、干渉を防ぐことを目的としている。同法では、「海外の敵対勢力」からの寄付、

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