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コロナ危機の今、これでいいのか、自民党総裁選

指導者は厳しい選挙を戦い抜くことで支持基盤も発進力も強くなる

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

圧巻だった小泉純一郎氏の勝利

 2001年4月の自民党総裁選における小泉純一郎氏の勝利は圧巻だった。彼のその後の党に対する、あるいは国民に対する強力な指導力は、この総裁選の経過と結果に基づいてる。この総裁選も今回と同じように両院議員総会で行われたが、「密室協議」で決まったといわれた森総裁(首相)の後任ということもあってか、「開かれた総裁選」を求める民意が強く、自民党は都道府県票を1票から3票に増やさざるを得なかった。今回の総裁選と同じである。

 結果は、地方で支持を集めた小泉が都道府県票を軒並み獲得、その流れに国会議員がのった結果、小泉が過半数を上回る298票を獲得、本命視されていた橋本龍太郎元首相の155票を大きく超えた。小泉の圧勝であった。

拡大自民党総裁選で街頭演説する小泉純一郎氏と橋本龍太郎氏 =2001年4月15日、東京・新宿駅前で

 首相就任から1カ月ぐらいたった頃、小泉首相から会いたいという電話がきた。その頃、私は政治の現場を離れて5年ほどが経っていた。指定された居酒屋に行くと、私的な懇談会をつくりたいから座長役を頼むということ。現職時代には重要問題で行動を共にすることが少なくなかったので引き受けた。ついでに、私は終わったばかりで生々しい総裁選について、本人からいろいろ聞き出した。

 「勝つと思っていたのか」ときくと、彼は「総裁選への挑戦は三度目だったから、泡沫扱いかもしれない。だが、小泉もとうとう郵政民営化をあきらめたのかと思われるのがシャクだから立候補した」という。そして彼は「自民党をぶっ壊す」と過激なことを言って、連日のように街頭に飛び出した。

「選挙戦の途中から空気が変わった」

 従来、総裁選の候補者はまず議員会館の自民党議員をあいさつ回りをしたものだ。ところが、彼はそれをしない。そのかわり、なんと渋谷のハチ公前や銀座の数寄屋橋交差点で演説をする。もちろん、そこには自民党員はほとんどいない。“投票権”がある国会議員が聞きにくるわけがない。

 ところが、

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筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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