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安倍政治とは何であったか? 「外政」と「内治」の評価の乖離が示すその本質

歴代最長7年8カ月の執政に対する概略的な評価

櫻田淳 東洋学園大学教授

首相官邸を出る安倍晋三首相=2020年9月4日午後5時44分、首相官邸

 安倍晋三(内閣総理大臣)の辞任表明の後、既に様々な論評が出てきている。緻密な検証と評価は後日、様々に行われるであろうけれども、辞任表明から数日の当座の反応として示されているものには、興味深い傾向がある。

 政治学者の中でも、特に外交・対外関係・安全保障を主軸として扱っている層からは、安倍の執政に高い評価が与えられているのに対して、内治・行政関係を扱っている層からは、総じて辛い評価が出ている。読売新聞の記事(8月29日)で、北岡伸一(東京大学名誉教授)と中北浩爾(一橋大学教授)が示した評価は、その一例であろう。

 こうした安倍内閣におけるの「外政」と「内治」における評価の乖離(かいり)は、それ自体が「安倍晋三内閣とは何であったか」という問いに対する一つの答えを与えているところがある。本稿では、その点に着目して、安倍内閣の7年8カ月の執政に対する概略的な評価を加えたい。

「悪夢」の民主党内閣の対外政策を引き継ぐ

 安倍晋三は、その統治に際して、折に触れて民主党内閣三代の時期を「悪夢」と評していた。安倍は、民主党内閣時代の「悪夢」を強調することによって、自らの執政の正当性を補強していたところがある。安倍の長期執政が成った理由は、この「民主党内閣=悪夢」という印象付けが、功を奏したことに拠る。

 しかしながら、安倍の政策展開は、主に対外政策領域のものに関しては、実際には民主党内閣、特に菅直人、野田佳彦の民主党内閣二代のものを引き継いだ側面があった。その最も根底的な要件は、「中国への警戒姿勢」である。

 2010年9月の尖閣諸島沖中国漁船衝突事案、2012年9月の尖閣諸島国有化とその後の「反日暴動」の発生といったように、民主党内閣下で顕在化した対中軋轢は、日本国内における対中感情を一気に冷却化させ、民主党内閣もそれに応じた政策対応を迫られた。

 たとえば、尖閣諸島に日米安保条約第5条の規定が適用されるという米国政府の認識は、ヒラリー・R・クリントン(当時、米国国務長官)が、菅内閣期の2010年10月には前原誠司(当時、外務大臣)に対して、そして野田内閣期の2012年9月には玄葉光一郎(当時、外務大臣)に対して、それぞれ繰り返し表明していたものであった。

 他にも、野田内閣下では武器輸出三原則の見直しの動きも始まっている。バラク・H・オバマ(当時、米国大統領)は、在沖米軍普天間基地移設案件に絡む政策対応に混乱をきたした鳩山由紀夫に対しては、「ルーピー」という言葉で酷評したけれども、野田に対しては、その退任に際して「謝意」を表明したのである。これは、オバマ麾下の米国政府が民主党内閣三代に対して与えた評価を象徴する挿話である。

「自由、民主主義、人権、法の支配」の擁護を徹底

 2012年12月、安倍が第2次内閣を発足させて以降に披露した対外政策展開は、民主党内閣下で醸成された「中国への警戒姿勢」に安倍第1次内閣下で模索された「価値観外交」が組み合わされたものであったと解析できる。安倍は第2次内閣発足に際して、「アジアの民主主義的な安全保障ダイヤモンド」構想を提起し、日米豪印4カ国の提携を唱えたのであるけれども、その折に下敷きになったのが、「南シナ海が『中国の湖』になる」という認識であった。

 以降、安倍の対外政策展開に際しては、「『自由、民主主義、人権、法の支配』といった普遍的価値意識の擁護」という言辞が執拗(しつよう)に繰り返されることになる。安倍の第2次内閣発足以降における対外姿勢を特色付けたものは、その「徹底性」であったといってよい。それは、第1次内閣期に、「美しい国」といった言葉で日本の土着ナショナリズムの匂いを濃厚に漂わせた安倍の政治姿勢からは、顕著な変容を印象付けるものであった。

 G・ジョン・アイケンベリー(国際政治学者)は、『フォーリン・アフェアーズ』(2017年5・6月号)誌上に発表した論稿にて、安倍をアンゲラ・メルケル(ドイツ首相)に並んで、「リベラルな国際秩序」の守護者として位置付けたものであるけれども、その論稿は、安倍が「『自由、民主主義、人権、法の支配』といった普遍的価値意識の擁護」という姿勢を徹底させ、「自由主義世界」における主要な政治指導者として認知されたことを鮮明に示した。

 加えて、安倍における「中国への警戒姿勢」は、米中「第2次冷戦」下における米国の対中強硬姿勢を実質上、先取りするものであった。安倍が提起した「自由で開かれたインド・太平洋」構想が、対中牽制の意味合いとともにドナルド・J・トランプ(米国大統領)麾下の米国政府に受け容れられたのは、日本が対中軋轢を経ていた「先行体験」による。

 習近平(中国国家主席)登場以降、中国共産党政府による現今の「戦狼外交」の展開は、米豪加各国を含む「西方世界」諸国の明白な警戒を招いているところがあるけれども、その警戒姿勢に基づく対外政策を先行して展開していたのが、安倍なのである。安倍に寄せられた他の「西方世界」諸国政治指導者の「信頼」は、結局のところは、「安倍の対中認識は誤っていなかった」という認識と共鳴しているのであろう。

各国の指導者から送られた惜別と称賛の言葉

 安倍の総理辞任表明に際しては、ドナルド・J・トランプやアンゲラ・メルケルだけではなく、ボリス・ジョンソン(英国首相)、スコット・モリソン(豪州首相)、ナレンドラ・モディ(インド首相)、蔡英文(台湾総統)、さらにはウラジミール・V・プーチン(ロシア大統領)といった各国の政治指導者から、惜別と称賛の言葉が送られた。こうした惜別と称賛の言葉とともに、退場する日本の政治指導者は、過去には類例がない。

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