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戦後の「保守本流」と異なる安倍首相の保守主義が日本政治にもたらしたもの

分断の時代に適合したナショナリズムと政府主導の経済運営のミックスで長期政権を実現

宇野重規 東京大学社会科学研究所教授

「経世会」「宏池会」「清和会」の盛衰

 前者の流れが、池田勇人から大平正芳へとつながる派閥、「宏池会」へと継承されたのに対し、後者の流れは岸から福田赳夫の派閥、「清和会」に受け継がれた。両者の中間にあったのが、吉田の愛弟子でありながら、岸の実弟でもあった佐藤栄作の派閥に起源を持つ、田中角栄から竹下登へと引き継がれた(後の)「経世会」の流れであった。

 これら三つの派閥のうち、高度経済成長期からそれ以降にかけて優位だったのは、経世会と宏池会の連合であった(田中角栄と大平正芳の親密な関係に象徴される)。清和会の流れは、劣位に立たされ続けた。

 背景にあったのは経済成長と冷戦体制である。そのような時代においては、強いナショナリズムへの志向を持つ清和会よりも、経済主義的で公共事業による再分配を得意とした経世会・宏池会連合の方が適合的であった。

 こうした状況が大きく転換したのが、1989年の冷戦終焉であった。アメリカの軍事的支援を自動的に期待できた時代は終わり、日本は独自の安全保障政策を求められるようになった。この時期、バブル経済の崩壊によって経済成長の時代が最終的に終わりを迎えたことと合わせ、戦後政治の「大前提」が大きく崩れたのである。

 1990年代は「政治改革」の時代になったが、この時期に経世会が分裂し、宏池会の存在感が次第に低下したことは偶然ではないだろう。アメリカの軍事的支援の下、経済に専念することができた戦後日本の「保守本流」の時代は、「大前提」が崩壊によって終わりを迎えたのである。

 2000年以降には、森喜朗、小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫と清和会出身の首相が続く。これらの首相の個人的プロフィールや政治理念は様々であるが、経世会が分裂し、宏池会が地盤沈下したことの必然的な結果であった。

拡大「即位礼正殿の儀」に参列した右から森喜朗氏、小泉純一郎氏、福田康夫氏の歴代首相。いずれも「清和会」出身だ=2019年10月22日、皇居・宮殿

「保守本流」とは異なる攻撃的な保守

 このうち、とりわけ安倍首相は、より明確にナショナリズムへの志向を強くもった。それは岸信介元首相の孫であるという出自にも由来するであろうし、北朝鮮による拉致問題、そして中国の軍事的・経済的大国化という、日本をめぐる東アジアの国際状況の変化を受けた結果でもあったはずだ。

 安倍首相の保守主義とは、戦後日本の「保守本流」とは大きく異なる。

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筆者

宇野重規

宇野重規(うの・しげき) 東京大学社会科学研究所教授

1967年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。同大学社会科学研究所准教授を経て2011年から現職。専攻は政治思想史、政治学史。著書に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社学術文庫)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、『保守主義とは何か』(中公新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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