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強権体制下でコロナ感染対策は治安問題、強まるメディア統制

[1]見えにくい新型コロナの蔓延、コロナ禍に便乗した新聞発行・販売禁止

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 新型コロナウイルスは中東でも3月から蔓延しはじめ、ほとんどの国が4月、5月は外出禁止令による都市封鎖(ロックダウン)を行った。6月、7月で規制は解除されたが、患者数、死者数は下がりきらないまま、8月後半から9月になって再び増加傾向になっている。

 中東各国はほとんどの国が民主主義や報道機関が機能していない強権国家であり、イランのように米国との対立や制裁下にある国、シリアやイエメンのように内戦が続いている国、対立が続くイスラエルとパレスチナ、イラク、レバノン、アルジェリアなど民衆による反政府デモが激化していた国など、地域や国の複雑な問題が、新型コロナ対策にも影響している。

 この新連載「新型コロナから見る中東」では、中東の各国や地域の新型コロナ蔓延の状況を追いながら、コロナ禍によってあぶりだされる政治や社会、経済の問題をとりあげる。

 まず、最初に世界保健機関(WHO)の集計データから中東でのコロナ流行の状況を数字で俯瞰する。

 中東ではほとんどの国で、集団礼拝などを行うイスラム教徒が多数派を占め、さらに乾燥した砂漠性の気候など、ウイルス蔓延の条件はさほど変わらない。しかし、9月5日時点で国ごとに確認された陽性者や死者を見ると、国ごとに大きな差異がある。

中東各国の新型コロナウイルスの感染状況(2020年9月5日時点) 出典:WHO(世界保健機関)拡大中東各国の新型コロナウイルスの感染状況(2020年9月5日時点) 出典:WHO(世界保健機関)

 確認陽性者数だけを見ると、イランが38万人と最も多く、サウジアラビア(32万人)、トルコ(28万人)、イラク(25万人)と続く。10万人前後の陽性者が確認されている国が、イスラエル(13万人)、カタール(12万人)、エジプト(10万人)、クウェート(9万人)、オマーン(9万人)となっている。

 ただし、中東では人口が1億を超えるエジプトから170万のバーレーンまでばらつきがあるため、10万人あたりの確認陽性者を計算した。それによると、カタールが4125人で最も多く、バーレーン(3182人)が続く。この2国は陽性者は多いが、死者はともに200人前後と少ない。

 両国とも国土が半島または島で狭く、人口がカタール290万、バーレーン170万と少ない。徹底的なPCR検査によって、陽性者を発見して、対応することで死者を少なくしていると推測できる。今後の連載で、両国のコロナ対策にも焦点をあてたい。

中東の地図.拡大

 続いて10万人あたりの確認陽性者が多いのは、クウェート2052人、オマーン1694人であり、いずれも、カタール、バーレーンと同様に湾岸産油国である。一方、サウジアラビアは湾岸諸国では突出した3500万の人口を抱え、陽性者も32万人、死者4000人を出している。10万人あたりの陽性者は917人で、国境を接するカタールの4分の1、バーレーンの3分の1である。9月1日~6日の間の死者は、カタールは計5人、バーレーンは計7人に対して、サウジは計179人と人口比を超える死者数である。サウジにとってはコロナの蔓延はなお脅威であり、湾岸での不安定材料ともいえる。

 湾岸のもう一つの国であるアラブ首長国連邦(UAE)は、8月中旬に米国の仲介によるイスラエルとの国交正常化の合意を発表した。昨年以来、ホルムズ海峡をはさんでイランと対峙している国としても注目された。

 新型コロナ問題では、10万人当たりの確認陽性者数が735人と湾岸諸国では最も少ないことから、十分な感染者の捕捉ができていないのではないかという心配もある。そのうえ、8月中旬に200人台だった新規陽性者は、9月に入って500人台から700人台へと増加し、警戒感が強まっている。イスラエルとの国交正常化にはコロナ対策での技術協力も一つの要素となっており、今後、踏み込んで考察したい。


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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