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リベラルの敵はリベラルにあり~対立ではなくオルタナティブの政治は可能か

「法の支配」や「立憲主義」に徹底的にこだわるべきリベラル勢力があまりにも弱く…

倉持麟太郎 弁護士(弁護士法人Next代表)

自粛要請に過剰に反応した市民社会

 「リベラルはいない?」という思いを強くしたのが、緊急事態宣言とコロナ禍に対する日本の市民社会の対応、そして香港の民主化デモであった。いずれも「自由」「人権」「法の支配」を掲げるリベラルの核心が問われる出来事にもかかわらず、我が国のリベラルが沈黙したという点に筆者は衝撃を受けた。

 はじまりは、2月末の権限のない総理大臣による全国の学校の「一斉休校」だった。さらに3月には東京都が法的根拠のない「自粛」が要請された。自分たちの代表者で組織する立法府で決まった法律に基づくからこそ、自分の権利が制約されることを受け入れるという、「治者と被治者の自同性」「法治主義」「自己統治」はどこにいったのかと、あきれるばかりだった。

 だが、4月に我が国初の緊急事態宣言が発出された後も、強制力のないさまざまな「要請」に対し、市民は抵抗や反感を覚えるどころか、自ら積極的に自粛を行い、足並みを乱すものを“魔女狩り”のように見つけ出しては攻撃した。

 国家が責任をとることなく、「お願い」というかたちで市民の自粛に丸投げしたにもかかわらず、市民社会は相互監視と同調圧力によって“過剰自粛”に陥った。リベラルを自称する一部のマスメディアも、市民に「恐怖」や「不安」というガソリンをどんどん注入し、「自粛警察」がアクセルを吹かし続けることに加担した。

拡大新型コロナウイルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言の後、保育園に貼られた登園自粛を呼びかける貼り紙=2020年4月9日、読者提供

情緒に“理”で抗するのが生命線のはずなのに……

 外延がぼやけている法規制は、人々の自由を縮ませる。どこまで許されているかわからない状態では、人々は制裁を受けうるラインよりもずっと手前で自由の行使にブレーキをかける。自由への最大の敵だったはずの「自主規制」を、リベラルも受け入れた。

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筆者

倉持麟太郎

倉持麟太郎(くらもち・りんたろう) 弁護士(弁護士法人Next代表)

1983年東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。2012年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本弁護士連合会憲法問題対策本部幹事、弁護士法人Next代表弁護士。ベンチャー支援、一般企業法務、「働き方」などについて専門的に取り扱う一方で、TOKYO MXテレビ「モーニングCROSS」レギュラーコメンテーター、衆議院平和安全法制特別委員会公聴会で参考人として意見陳述、World Forum for Democracyにスピーカー参加、米国務省International Visitor Leadership Programに招聘、朝日新聞『論座』レギュラー執筆者、慶應義塾大学法科大学院非常勤講師(憲法)など多方面で活動。共著に『2015年安保 国会の内と外で』(岩波書店)、『時代の正体 Vol.2』(現代思潮新社)、『ゴー宣〈憲法〉道場』(毎日新聞出版)、著書に『リベラルの敵はリベラルにあり』(ちくま新書)がある。

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