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大坂なおみ選手も抗議 アメリカの黒人差別問題はなくせるのか?

米国の黒人差別問題を考える(上) 「第二フェーズ」に入った黒人差別撤廃運動の行方

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 5月25日のフロイド事件以来の黒人を中心とした暴動は、3カ月たった8月24日にウィスコンシン州ケノーシャで黒人が白人警官から銃撃された事件で新たな展開を迎えた。今回の事件は、フロイド事件以降、初めて犯罪行為に手を染めていない黒人が撃たれたからだ。

ケノーシャの事件に抗議する大坂なおみ選手

 テニスの大坂なおみ選手がニューヨークで開催されていたウェスタン・サザン・オープン準決勝を棄権すると発表(翌日、方針転換して試合を続行)。大リーク(MLB)の試合やプロバスケット(NFL)のプレーオフなどのボイコットも起こっている。米国の真面目な黒人達は、このケノーシャの事件を見逃さなかったのだ。

テニス・全米オープンで、警官に発砲されて亡くなった黒人女性の名前が入ったマスクを着用する大坂なおみ選手=2020年9月1日、ニューヨーク(AP)

 全米メディアの論調も変化した。ケノーシャの被害者の母親が暴動を慎んでほしいと訴えたほか、息子が「ごめんなさい」と言ったと話したことが全米を駆け巡ったのだ。一方的な白人警官批判が続いた中で、黒人が周囲の人を慮(おもんぱか)る発言をしたことが大きかった。

 バイデン民主党大統領候補が、フロイド氏の娘は「Dad changed the world」と言ったとか、ケノーシャの被害者の父親などから不満を聞いたと言っても、多くの黒人は政治が問題を解決するとは思っていない。しかも、偽札を使われて通報した黒人少年やケノーシャでドメスティックバイオレンスだと電話した妻(黒人)は、別の意味で大変な立場にあるのだが、彼らには会っていないことも問題視する。

 それよりも、著名人を含む真面目な黒人達が、BLM(Black Lives Matter)による暴動を拡散するのに同調せず、礼儀を保った静かな抵抗を続けていくほうが、遥かに世界を動かす力があるとする。現実的な発想だ。

 警官による黒人殺害には批判を呈しつつも、それ自体が被害者を出している暴動を批判する黒人が増え始めていることも、メディアの報道に影響しているようだ。最近の調査では、黒人のうち、「警察のプレゼンスを低下させたい」という人は8%、「より増やしたい」という人は52%、「今と同じで良い」が40%だった。BLMの主張のうち、少なくとも「警察のプレゼンスの低下」は全米の黒人のすべてに受け入れられているわけではないということだろう。

「第二フェーズ」に入った黒人差別問題

 一方、同じ黒人によるものと見られていたデモと暴動が、実は、日中に行われている平和的なデモと、夜間に店舗や車を破壊し人を傷つける暴動で違っていることも明確になってきた。暴動の被害が黒人の店にも及んだため、黒人、白人ともに被害者が悔しい思いを話す報道も増えた。黒人暴動内でのリンチの様相も呈し始めているため、黒人の行動にも違いが出始めたものと思われる。

 マーチン・ルーサー・キング・Jrが大行進を実施してから57周年となる8月28日、ワシントンのリンカーン・メモリアルには差別に抵抗をしめす人々が集まった。これはフロイド氏の葬儀の際に呼びかけられたものだが、参加者は主催者側が当初期待した人数の2割にも満たず、過激な動きもまったくみられていない。

8月28日に米ワシントンのリンカーン記念堂で行われた人種差別に抗議する集会=2020年8月28日、ワシントン、ランハム裕子撮影

 黒人差別問題撤廃への動きは、暴徒化した初期のそれから平和的なものへと向かうのかどうか。いずれにせよ、これから「第二フェーズ」に入るなかで、この動きが黒人差別の真相を突き止め、解決の方途が見いだせるか、真価が問われる時期に入ってきたのは間違いない。

 本稿では、黒人差別問題を取り上げた朝日新聞と論座の記事も引用しつつ、米国の黒人問題を考えてみたい。もとより反論は承知のうえであり、むしろ日本からは遠い米国の黒人問題を惹起する契機になればよいと思う。

 なお、本稿においては、African American(アフリカ系米国人)、Black(ブラック)、Negro(二グロ)という黒人に対する三つの呼び方も説明のために使い分けるが、筆者自身に差別的な意識はないことはご理解いただきたい。また、私の説明は、米国の犯罪学での定義を前提としているので、8月22日の朝日新聞デジタル「『黒人』と呼ぶのは差別? ルーツをたどって見える世界」とは異なる。

多数のマイノリティーを抱えるアメリカの基本的問題

 黒人差別と言うと、奴隷時代から続く歴史に答えを求めようとする人が多いが、ここでは現在の差別をみていく。

 フロイド事件を捕らえたビデオによると、ことは偽札を使ってタバコを買ったフロイド氏からタバコを取り返そうとしたヒスパニックと黒人の少年が通報したことから始まった。少年が泥酔していると報告したのも、麻薬によるものだった。日本のメディアには、彼が偽札と知らずに使ったとの憶測も出ているが、それは間違いだ。

 とはいえ、彼を捕らえるために5人の警官が駆け付け、最初の警官がフロイド氏を運転席から降ろす段階で既に銃を手に持っていたこと、殺人者となった警官には過去にも発砲で相手を死なせた経歴があることなど、初動から問題があったのは明らかだ。彼の友人と思われる同乗者の黒人も、まったく無抵抗に見える。

ジョージ・フロイドさんが亡くなった現場で、祈りを捧げる人たち=2020年6月19日、米ミネアポリス、渡辺丘撮影

 人種別の統計で米国の黒人の犯罪率が高いのは事実だ。その結果として「黒人は怖い」、「犯罪者予備軍」とのレッテルが張られている。また、比較的ラフな格好をする人が多いうえ、荒れた言葉遣いをする人が少なくないのも事実だ(この件については「中」で述べる)。なお、黒人が警官に撃たれて死ぬ割合(黒人の人口対比)も高いが、これも黒人が差別されて撃たれ易いとの不満とともに、黒人には凶暴犯が多いからだとする見方もある。

 7月29日の論座「差別場面の動画が続々の米国 『カレン現象』が示す『白人特権』の理不尽」には、黒人男性から、ニューヨーク市(NY)の公園で連れていた犬にNYのルールである首輪を付けるよう注意された白人女性が「アフリカ系米国男性に脅されている」と電話したとして会社を解雇されたという事件が書かれている。

 なぜ、このような事件が起きたのか。彼女の心の中に差別が巣食っていたからに他ならない。

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