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トルコ周辺海域での地政学的展開

天然ガスをめぐる攻防

塩原俊彦 高知大学准教授

 8月21日、トルコのレジェップ・エルドアン大統領は黒海沖で天然ガス埋蔵量3200億立方メートルと推測されるガス田を発見したと発表した。沿岸からガス田までは約175㎞で、掘削場所の深さは2.1㎞、埋蔵地の深さは2.4㎞だ。天然ガスはエネルギーを支える柱の一つであり、トルコの2019年の同消費量は432億立方メートルだったから、7年間分の消費を賄うだけの量を国内に見出したことになる。

 BP Statistical Review of World Energy 2020によると、2019年のトルコのパイプライン経由でのガス輸入量は313億立方メートルで、その内訳はロシアから146億立方メートル、アゼルバイジャンから92億立方メートル、イランから74億立方メートルとなっている。他方で、129億立方メートルにあたる液化天然ガス(LNG)も輸入した。その内訳(ガス換算したもの)はアルジェリアから58億立方メートル、カタールおよびナイジェリアから各25億立方メートルなどとなっている。今後、エルドアンの言葉通り、新規発見されたガスが2023年から国内に供給されるようになると、これまで依存率の高かったロシアとの関係に変化が生まれる可能性が高い。あるいは、外交政策などにも影響をおよぼすことが考えられる。

 実は、この発見以前から東地中海ではガス田の発見が相次いでおり、それがこの地域の関係に影を落としてきた。そこで、天然ガスをめぐるトルコ周辺海域、すなわち東地中海をめぐる地政学的戦略について概観することにした。

2009年以降、複雑化した東地中海

 2009年にイスラエルが東地中海で大規模ガス田を発見して以降、海上水域の境界線をめぐる紛争が激化している。ここでは、2019年以降の展開に絞って説明するが、2012年までの初期段階についてはEast Mediterranean Gas: what kind of a game-changer?を参照してほしい。Globeに掲載された「東地中海で今、何が起きているのか 天然ガスがもたらすせめぎ合いを読み解く」も参考になる。

 2019年1月、エジプト、キプロス、ギリシャ、イスラエル、イタリア、ヨルダン、さらにパレスチナの代表者はカイロに本部を置く東地中海ガスフォーラム(EMGF)の結成を発表する。これにより、東地中海のガス開発の協力体制を整備しようとしたのだが、EMGFの枠外にとどまったトルコは同じ枠外のリビアの国民合意政府(GNA)との間で、同年11月、海上区分協定に署名する。同協定により、ギリシャの一部島嶼部の大陸棚と排他的経済水域(EEZ)の権利が奪われた(図の黄色の点線部)。協定では、リビアとトルコの大陸棚と海域がそれらと重なるキプロスとギリシャの大陸棚に重っていることやクレタ島とロードス島の存在が無視されている。

 これに対して、2020年8月6日、ギリシャとエジプトの海上境界線の分断に関する協定が結ばれたことが明らかになる。両国がEEZとして指定した区域は、トルコ・リビア協定で指定された区域と交差する(図の緑色の点線部分)。同月27日には、両国とも同協定を批准している。

トルコは8月10日、ギリシャのカステロリゾ島(トルコ沿岸から2㎞、図のKasの近く)付近で海底地質調査を開始した。「地震調査船」以外に支援船や軍艦まで随伴している。これに対して、ギリシャのフリゲート艦2隻が接近、一時緊張が高まった。

 トルコは2020年8月19日時点で、図の深海掘削船ヤヴズ(黄色の〇印中央)がいる地点、調査船オルス・レイス(同左)の地点、および調査船バルバロス(同右)の地点で掘削・探査作業を行っている。8月には、オルスを護衛していたトルコ海軍の艦船1隻にギリシャ海軍のフリゲート艦が衝突したとの未確認情報もある。トルコはオルスの探査を9月1日まで延長するとしており、これとは別に9月1日と2日に地中海で砲兵演習を実施するとした。これは、8月26日からはじまった、ギリシャ、フランス、イタリア、キプロスが参加する東地中海での軍事演習に対抗するものだ。

キプロスをめぐる対立

 問題を複雑にしているのは、キプロスの周辺海域で有望なガス田が相次いで発見されていることだ。図に示されているように、エジプトやイスラエルの沖で巨大ガス田が発見されている。キプロス自体は、1974年以降、ギリシャ系のキプロス共和国とトルコ系の北キプロス・トルコ共和国に分断されている。この分断が東地中海地域の利害対立の

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