2020年09月13日
1月28日に政府が新型コロナウイルス感染症を感染症法に基づく指定感染症として定める政令を公布してから早8か月。
100年前のスペイン風邪以来の世界的なパンデミックの中、世の中の光景は一変しました。マスクの着用、「三密」の回避、テレワークやオンライン授業への転換。
しかし、市町村の日々はある意味では変わりません。住民に最も身近な地方政府として、地域住民の安心と安全確保のため、懸命に闘う日々が続いているのです。
本稿は、国内で最も感染者数の多い東京都の中にあって、自前の保健所を持たない多摩市の首長の叫びです。
東京都は9月8日、市町村に対し、新型コロナウイルス感染症感染者情報の提供に踏み切りました。週に1回、新規感染者の個々の年代、性別と、入院・自宅待機などの療養状況別の人数を市町村に通知するというものです。
他の道府県の皆さんからすると、「エッ?」と思われるかもしれません。
実は、東京都では、23区にそれぞれ区立の保健所、八王子、町田両市には市立の保健所が設置されており、これら保健所を設置している各市区では内容の差こそあれHP等で感染者情報を公開していますが、それ以外の市町村がお知らせできるのは東京都が公表する市町村別感染者数のみの状態が9月8日まで続いていたのです。
もちろん、東京は感染者数も多く、PCR検査、感染経路の把握など保健所機能がパンク状態の中、都も対応に苦慮してきたことは私も理解しています。しかし、保健所設置自治体かそうでないかの違いが情報格差を生んで来たことも事実です。
この間、首長である私自身も連日開かれる都知事の記者会見で、その日の感染者数を知り、対策を立てざるを得ないという状態がずっと続いてきました。
東京には約1400万人もの都民が居住していますが、地域によって感染状況は大きく異なっています。多摩市に対してなぜもっと情報を出さないのかと、市民から疑問が寄せられることも、当然の状況でした。
そもそも保健所はどのような基準で設置されたのでしょうか。
保健所は「地域保健法」に基づき都道府県、指定都市、中核市、その他政令で定める市又は特別区が設置し、疾病の予防、衛生の向上など地域住民の健康の保持増進に関する業務を行う機関です。
全国の保健所は1992年には852箇所ありましたが、1994年に「保健所法」を改正して制定された「地域保健法」により統廃合が進み、本年4月には469箇所となっています。母子保健事業の市町村移管や公衆衛生分野での人員整理・再配置など保健所業務の大胆な見直しが行われました。
日本では、予防接種により大規模な感染症は影を潜めていたことから今回のようなパンデミックは想定外だったのでしょう。
1975年に地方自治法の一部改正を受け、特別区への保健所移管を行っていた東京都でも、1997年の「地域保健法」の全面施行に伴い、多摩地域の31箇所の保健所、保健相談所が12箇所の保健所に再編されました。
その後さらに集約化が進み、現在は八王子市、町田市を除く24市3町1村は東京都設置の5箇所の保健所の管轄となっています。そのエリアに住む総人口は約325万人です。多摩市は、日野、多摩、稲城三市を管轄する南多摩保健所の区域とされ、今日に至っています。
私は、感染者数の動向で特に注目を浴びている特別区全てが保健所を設置している一方で、多摩地域のほとんどの市は都が保健所を設置しているという点にも、東京都の特殊性があるようにも思いますが、東京都が設置する保健所体制や管内自治体との連携のあり方の見直しが急務であると考えます。
私は、7月22日に開催された東京都市長会の会議で、東京都の福祉保健局長に「感染者の発生状況等に関する情報の公表について」強く申し入れました。特に4月1日から公表されてきた唯一の情報である「市区町村別患者数」は、陽性と確認されてから相当なタイムラグがあって計上されることも多く、何の説明もなく一気にこの数字だけが増えると、市内でクラスターが発生したと誤認されかねない状況もあると、事例を紹介しながら迫りました。
その後の8月18日には、東京都市長会が「保健所における情報の公開、提供などについて、都が統一的な対応方針を示すなどの調整を図ること」を要望しました。
東京都は、7月27日から退院者数の公表など少しずつの改善はありました。
これと並行して、7月31日、多摩市議会は臨時会を開催。議会として東京都に対し、保健所を持たない自治体の市民にも保健所設置市と同様の情報開示を行うこと。また、PCR検査センターへの補助の拡充を求める意見書を提出することを全会一致で可決。東京都市議会議長会も同様の意見書を採択。8月31日に市議会議長会の会長・副会長が東京都福祉保健局長に面会し、直接手渡しました。
まさに多摩市発の「多摩一揆」が東京都の市町村への情報提供への道を開いたと自負しています。東京都の関係者の皆さんにも感謝します。なお、現場の東京都市福祉保健主管部長会も多摩市の部長が会長市とのことで奮闘したことも付け加えます。自由民権運動の多摩ですから。
ところで、東京都の感染者数は9月10日時点で2万2444人、退院等の人数は1万9812人。多摩市の感染者数は94人、退院(死亡者数含む)は87人という状況です。
23区の感染者数は新宿区が2千人台、世田谷区、港区は千人台となっています。多摩地域は都心と距離がある関係で、都心で働いている方や地域の高齢者施設など感染リスクの高い場所での感染が多いようです。最近は、家庭内感染も増えています。
ただ、現段階で東京都の死亡者数は379人。季節性インフルエンザの致死率と同程度ではないかと類推する専門家のデータもあります。国立感染症研究所が9月4日に発表した分析でも致死率は第1波と比較し、第2波は6分の1以下だったとの報道がありました。ちなみに第1波の致死率は5.8%。第2波は0.9%。要因として検査拡大で無症状や軽症の感染者が多く報告されたことや、治療法が改善されたことなども挙げられています。
このような結果からSARSやMERSなどの感染症と同等の二類感染症への指定をいつまで続けるのか、という疑問も湧いてきます。見直されるのは来年1月なのでしょうか。
勿論、未知のウイルスであり、高齢者や持病をお持ちの方は重篤化する率も高く、後遺症に苦しんでおられる方もあり、慎重な検討は求められると思います。
ここで、PCR検査を巡る多摩市の動きを紹介します。
話は今年の1月に遡ります。1月16日に国内での第一例目の患者が確認され、「春節」により中国から多くの観光客が日本を訪れる時期を控え、市内の医師会、基幹病院には緊張が走りました。結果として政府が新型コロナウイルス感染症を指定感染症としたしたことにより、あらゆる対策は国、都道府県及び保健所がイニシアチブをとることとなり、多摩市や医師会、基幹病院はその指示を待つこととなりました。
しかし、現実は指示待ち、「丸腰」で済むはずがありません。現場の医師、看護師はじめ医療関係者の苦悩は想像以上です。
2月下旬には保健所長、医師会長との懇談の場を設け、「正しく恐れる」との視点から地元ケーブルテレビで、医師会長と私との対談番組も放映しました。
発熱外来はできないか、医師会内部での議論も沸騰していきます。3月中旬には、東京都医師会は各地域にPCR検査センターを設立できないかと東京都や政府に強く申し入れます。
多摩市、南多摩保健所、多摩市医師会、市内の基幹病院である日医大多摩永山病院、公社病院の多摩南部地域病院との会合も何回となく開かれ、院内感染を防ぐためにも、PCR検査センターは基幹病院とは離れた場所に設置しようとの結論に至ったのは4月24日でした。方式はドライブスルー方式。多摩市医師会、南多摩保健所、基幹2病院、多摩市との間で多層な協定を交わし、開設準備を進めていきました。その結果、保健所設置市でない自治体としては都内で早い段階でのPCR検査センターを5月14日に開設することができました。
後で説明しますが、感染症法では保健所設置市でない自治体が出来る余地は極めて限られています。私たちは感染症対策の蚊帳の外に置かれているのではないか、そう自問自答せざるを得ません。
感染症対策に地方政府の立場からどう関われるのか。感染症法、特措法の立て付けの問題だけでなく、日本の感染症対策を見つめなおす必要があるように思います。
感染予防の鍵を握るのはPCR検査の拡充です。
政府も都知事も検査数を増やしていくと明言。世田谷区の保坂区長は、区民でもある東大先端研の児玉名誉教授の提言を受け「いつでも、だれでも、何度でも」受けられるPCR検査体制を創っていくことを表明。
一方、多摩市は「必要な人が必要な時に受検できる」PCR検査体制の整備を一貫して目指してきました。7月16日の臨時市議会には市立小・中学校や市内保育所、介護施設などで感染者が発生した場合、保健所から濃厚接触者と判定された方以外の方も、市独自で無料で検査できる仕組みに関する補正予算を提案し、全会一致で可決いただきました。市と医師会によるPCR検査センターだけでなく、市内の10に近い診療機関で唾液による検査を導入し、多くの市民のニーズに応えられる態勢を整えました。市単独で飲食業関連の方や介護事業所などリスクの高い方への機動的なPCR検査も可能となりました。
ただ、この独自検査で陽性者が確認された場合、その後の病院への入院、ホテルへの手配などは、保健所でなければ対応ができないという点やあくまでも保健所が行う行政検査ではなく、自由診療の枠組みを活用することから、範囲を拡大すればするほど市財政への影響が大きくなることも課題です。
本来、PCR検査費用は全額、国の負担で行うべきです。PCR検査にも課題はあります。ウイルスの多い、少ない、で検知も間違うこともあります。それにしてもPCR検査費用は高すぎます。検査費用は診療機関が自前で行うインハウスと検査を外注する場合によっても異なります。数万円台もかかる検査ですから、何度でもとはいきません。数千円台を目指せないでしょうか。
最後に感染症法との関係をおさらいしておきます。
正式名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」。国及び地方公共団体の責務として「感染症に関する情報の収集、整理、分析及び提供、研究の推進、病原体等の検査能力の向上並びに感染症の予防に係る人材の養成及び資質の向上を図る」、「社会福祉等の関連施策との有機的な連携に配慮しつつ感染症の患者が良質かつ適切な医療を受けられるように必要な措置を講ずるよう努めなければならない」とし、「感染症の患者等の人権を尊重しなければならない」と規定しています。
つまり、PCR検査の充実や感染リスクの高い福祉施設の職員・入所者への対応、感染者が差別されることのない状況の確保など、まさに国及び地方公共団体が取り組まなければならないとうたわれているのです。
さらに「地域の特性に配慮しつつ、感染症の予防に関する施策が総合的かつ迅速に実施されるよう、相互に連携を図らなければならない」としています。陽性者数、PCR検査人数、重症者数、実効再生産数、陽性率、病床数、感染経路割合など重視する指標が都道府県によって異なる理屈も分かりますが、国民にとっては戸惑うことも多いでしょう。保健所を自前で設置していない自治体は、そもそも地方公共団体扱いされてないとさえ感じる時もあります。
保健所設置市であるか否かを問わず情報格差はなくすこと。多摩地域の五つの保健所体制の在り方を見直し、管内自治体との連携を強化すること。感染予防について指標を共通化していくこと。東京ならではの特殊性もあると思いますが、多摩地域の首長の悩みをご理解いただけたでしょうか。
課題は他にもあります。小・中学校の一斉休校、保育園の開園・休園、公園の遊具の取扱いなど隣同士の自治体でも判断は異なりました。多摩市は、保育園は登園自粛を求めつつ開園。公園も一切閉園せず、遊具も開放し、夏場の水の流れも利用していただきました。これからは季節性インフルエンザへの対策、自然災害との複合災害への対応に迫られます。
アルベール・カミュの小説ペストでは、感染者を排除し、分断する空気の描写があります。小説では、市民の有志が保健隊をつくり、絶望的な状況の中で「誠実」や「勤労」を大事に、希望を求め闘う描写があります。私たちも、相互に助け合い連帯し、闘っていきましょう。「正しく恐れ」新型コロナの実相をしっかりと把握することが肝要です。過度に怖がる必要はありません。
なお、私は4月7日から定期的に市長動画メッセージを発信しています。ご覧いただければ幸いです。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください