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リアリズムに挑んだ安倍外交の限界 北方領土はなぜ返還されなかったか? 

トランプ、プーチン……信頼関係は築いたが、日本独自の理想像や展望は示せず

星浩 政治ジャーナリスト

ロシアのプーチン大統領(右)との首脳会談の冒頭、握手を交わす安倍晋三首相=2018年11月14日、シンガポール、岩下毅撮影

 9月14日、菅義偉官房長官が自民党の新総裁に選ばれた。16日には衆議院本会議で菅氏が首相に指名され、菅政権が発足。歴代最長の7年8カ月続いた安倍晋三政権が幕を閉じる。本稿では、安倍政権の外交に焦点を当ててその問題点を探りたい。

対ロシア外交の落とし穴となった信頼関係

 日米同盟の強化や対中国戦略については後述するとして、安倍政権の対ロシア外交から検証しよう。

 安倍首相は退陣表明から3日後の8月31日、ロシアのプーチン大統領と電話で協議した。日本側の説明によると、安倍首相が持病の悪化を理由に辞任することを伝えたうえで、日ロ両国が今後も平和条約交渉を続けていくことで両首脳は一致した。

 プーチン氏は「これからも友情を大切にしたい。またお会いするのを楽しみにしている」と述べ、日本語で「シンゾ―、アリガトウ」と結んだ。安倍氏は、プーチン氏をファーストネームで呼び、「ウラジーミル、スパシーバ(ありがとう)」と応じたという。だが、安倍首相が政権の最優先課題としてきた北方領土問題の解決と平和条約の締結は、果たせないまま、菅政権に引き継がれることになった。

 この電話でのやり取りは、両首脳の個人的信頼関係を物語るが、まさにその信頼関係が対ロシア外交の落とし穴となったのである。

北方領土のハードルを下げた四つの理由

 安倍首相が対ロ外交で大きく舵を切ったのは、2018年11月のシンガポールでの日ロ首脳会談だった。それまでの4島返還の要求を封印し、1956年の日ソ共同宣言に基づき、歯舞、色丹の2島の返還による決着をめざすことになった。

 しかしロシア側は、第2次世界大戦の結果として4島すべてがロシア領になったと確認するのが平和条約の役割だと主張。「ソ日共同宣言は将来的に2島を引き渡すと約束しているが、主権まで渡すとは書いていない」などと繰り返した。日本側が2島先行返還という大きな妥協を示したにも関わらず、ロシア側は譲歩せず、交渉はかみ合わなかった。

 安倍首相が交渉のハードルを下げた理由は何か。首相側近は、
①北方領土問題を解決し、ロシアとの平和条約を締結するのは、北朝鮮との国交正常化とともに戦後日本外交が解決できないでいる懸案だ。それを解決すれば、政権にとって大きなレガシー(政治的遺産)となる
②プーチン大統領とは首脳会談を重ね、個人的信頼関係があるので、解決は十分可能だと判断した
③ロシアとの関係改善には米国の理解が欠かせないが、トランプ大統領は安倍首相に好意的なので、米国の了解は得られると踏んだ、
などと説明している。

 安倍首相による譲歩は、経済産業省出身の今井尚哉秘書官ら側近を中心に練りあげられ、外務省の専門家らはこの方針の決定に関与しなかった。今井氏は、外務省が長年、北方領土問題で成果を上げられなかったことについて、「外務省にはアイデアがない」と、たびたび批判してきた。

隔たりが大きかった首相と外務省

 外務省の「専門家」とは、ロシア語を学んだいわゆる「ロシアスクール」だけではない。米国との同盟関係の延長線で対ロシア強硬姿勢を唱える主流派も、プーチン政権との妥協には懐疑的だった。

 対ロ外交について、ある外務事務次官経験者は私にこう語った。

 「そもそも、私たちと安倍氏とはプーチン氏に対する評価が異なっている。

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