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『独裁と孤立 トランプのアメリカ・ファースト』

アメリカ大統領選が象徴する「一極体制」の終わり

園田耕司 朝日新聞ワシントン特派員

「中東和平=米軍撤退」の政治的思惑

 9月10日午後7時過ぎ、ミシガン州フリーランドの地方空港の格納庫。目の前に着陸したエアフォースワンからトランプ米大統領が降り、大音量の音楽とともに特設会場に姿を現した。

 「ハロー、ミシガン! 数千人の忠実で勤勉な愛国者たちと一緒にここフリーランドで過ごせるなんてとても興奮しているよ!」

 トランプ氏が声を張り上げると、数千人の支持者たちは大歓声をあげて体を揺らした。

拡大トランプ大統領の選挙集会に参加した支持者たち=2020年9月10日、ミシガン州フリーランド、ランハム裕子撮影

 トランプ氏がこの日の選挙集会で開口一番、話し始めたのが、自らが仲介したイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の国交正常化の合意だった。

 イスラエルとアラブ諸国は、イスラエル建国をきっかけとした第一次中東戦争の勃発以降、「戦争状態」が続いている。イスラエルと国交を樹立しているのは、エジプトとヨルダンの2カ国のみで、UAEが3カ国目となる。トランプ氏はイスラエルとUAEとの国交正常化を発表した8月13日以降、「歴史的な和平合意だ」と繰り返し強調していた。

 この日の選挙集会でも、自身がノーベル平和賞候補にノミネートされたと高らかに宣言し(推薦者はノルウェーの右派議員であることには触れなかったが)、「ほとんどのメディアのニュースでは報じられないけど、これはすごいことだ」と語気を強めると、聴衆は再び大歓声をあげた。

 トランプ氏が、この国交正常化の仲介と同時に自身の政権の大きな業績として語ったのが、中東地域からの米軍撤退の取り組みだ。

 「我々は米国を戦争から抜け出すように取り組んでいる。我々は米軍部隊を帰国させつつある。米軍部隊はすぐに帰国することになるだろう」

 米中央軍のマッケンジー司令官が前日9日、イラク駐留米軍を約5200人から3000人に削減すると発表したばかりだった。トランプ氏は集会で「『スリーピー・ジョー・バイデン』(トランプ氏が民主党のバイデン前副大統領につけたあだ名)はイラク戦争の開戦に賛成票を投じた」とわざわざつけ加えた。

 トランプ氏がイスラエルとアラブ諸国との国交正常化に力をいれているのは、自らの選挙公約である中東地域からの米軍撤退と関係がある。

拡大ホワイトハウスで行われたイタリア大統領との共同会見で、記者からの質問に答えるトランプ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影、2019年10月16日

 トランプ氏は2001年の米同時多発から始まった一連の対テロ戦争を「終わりなき戦争」と呼び、「終わりなき戦争を終わらせる」をスローガンに、シリアやアフガニスタンからの米軍撤退を積極的に進めてきた。トランプ氏の頭の中では、イスラエルとアラブ諸国との関係改善も含めて中東地域が安定すれば、中東地域からの米軍撤退が進むという構図が出来上がっている。とくに11月の米大統領選を目前に控え、新型コロナウイルス対応の「失政」で激しい批判を浴びているぶん、中東地域からの米軍撤退をアピールすることで、米国民の支持を取り戻そうという思惑が垣間見える。

 米シンクタンク・新アメリカ安全保障センター(CNAS)会長で、共和党重鎮の故ジョン・マケイン氏の外交顧問を務めたリチャード・フォンテーヌ氏は、トランプ氏のこだわる米軍撤退の訴えを「カム・ホーム・アメリカ(アメリカに帰ろう)」という概念だと指摘する。

 「『カム・ホーム・アメリカ』は、世界各地で行われてきて疲弊しきった軍事介入から抜け出し、新たな軍事介入や同盟国や米軍の前方展開戦略にかかるコスト負担を避け、そうやって節約したドルを自国のために使おうという考え方だ。米国の新たな国際関与に極めて慎重な態度をとっている点も特徴的だ」

 「カム・ホーム・アメリカ」は、自国利益を最重視し、トランプ氏の政治スローガンでもある「アメリカ・ファースト」の核心部分の一つでもある。

 一方、アメリカ・ファーストには、孤立主義の影がつきまとう。トランプ氏は就任後、環太平洋経済連携協定(TPP)、地球温暖化対策の国際ルール「パリ協定」、国連教育科学文化機関(ユネスコ)、イラン核合意、ロシアと結んでいた中距離核戦力(INF)全廃条約、世界保健機関(WHO)など、国際的な約束や機関からの離脱・破棄を次々と決めた。

 ただし、留意すべきは、これはトランプ氏一人の意思で始まった問題ではないということだ。トランプ氏を生み出した米国社会の民意が、国際社会に対するこれまでの米国の関与のあり方を変えつつあるのだ。


筆者

園田耕司

園田耕司(そのだ・こうじ) 朝日新聞ワシントン特派員

1976年、宮崎県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒、朝日新聞入社。福井、長野総局、西部本社報道センターを経て、2007年、政治部。総理番、平河ク・大島理森国対委員長番、与党ク・輿石東参院会長番、防衛省、外務省を担当。2015年、ハーバード大学日米関係プログラム客員研究員。2016年、政治部国会キャップとして日本の新聞メディアとして初めて「ファクトチェック」を導入。2018年、アメリカ総局。共著に「安倍政権の裏の顔『攻防 集団的自衛権』ドキュメント」(講談社)、「この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か」(筑摩書房)。メールアドレスはsonoda-k1@asahi.com

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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