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菅首相誕生を政治のキャリアパスから検証する

どの役職が首相をめざす上で「有利」なのか

河野勝 早稲田大学政治経済学術院教授

 本日召集される臨時国会において菅義偉氏が総理大臣に指名され、いよいよ新しい内閣が発足する。自民党の政治家が首相となるのは、初代鳩山一郎総裁から数えて23人目である。1955年の結党以来、日本では自民党が政権与党でなかった期間が例外的に二度あるだけで、自民党総裁でありながら首相の座に就けなかったのはわずか2人を数えるのみである(表1参照)。

拡大【表1】歴代の自民党総裁 注:首相にならなかったのは、カッコの付されている河野と谷垣

 多くの会社や組織には、明示的にせよ、あるいは暗黙のうちにせよ、「出世コース」や「昇進ルート」などと呼ばれるものがある。では、政治の上でも、最終的に首相の座を射止めるまでのキャリアパターンがあるのだろうか。以下では、前歴としてどのような役職に就くことが、のちに首相になる上で有利なのか、ごく簡単なデータ分析を通して、検討する。すると、今回の自民党の総裁選やそれに至るまでの過程がどのような意味を持ったドラマだったのかが浮かび上がる。

際立つ幹事長の重要性

 自民党には、従来から「三役」と呼ばれる役職がある。幹事長、総務会長、そして政務調査会長(以下政調会長と略)である。新しい首相が組閣をしたり、あるいは内閣改造をしたりする際には、時期をほぼ同じくしてこの三役が改選される。自民党三役は、会社の組織で例えれば、「重役」や「取締役」のようなものであり、執行部としての中核を構成する。これ以外にも、自民党には副総裁というポジションもあるが、それは常に置かれているわけではなく、名誉職的な色彩が強い。

 では、この「三役」への就任は、首相へのキャリアパスとしてどれだけ重要なステップなのだろうか。このことを正確に明らかにするために、(メディアなどでこれまでしばしば行われてきたように)首相になった政治家だけを対象にして、彼らの役職経験を振り返るという方法をとるのではなく、三役に就いた政治家すべてを対象にしそのうちどれほどの割合の人々が後に首相になったかを計算するという手法をとることにしたい。前者の方法では、ある役職に就いても首相になれなかった人々を考察に入れないので、方法論用語でいうところの「セレクション・バイアス」に陥り、その役職の重要性を過大評価する可能性があるからである。

 表2には、1955年の結党以来、三役に就いたことのある全ての政治家が、時代順に列挙されている(ただし、任期の長短は無視し、異なる時点で複数回就任した政治家については、初めてその役となった時のみを記している)。その中で、赤い太字で表示した政治家が、後に首相になったことを表している。一番右の昇進確率は、役職に就いた政治家の総数を分母に、首相となった政治家の数を分子にして、その割合を計算したものである。

拡大【表2】歴代自民党三役と首相経験 首相経験者は下線付きの赤い太字で表示(以下の表も同様)

 いうまでもなく、1955年以降、自民党から国会議員として選ばれた政治家、あるいは選ばれずとも同党から選挙に立候補した政治家は(地方も含めると)、何千、何万と存在してきた。したがって、表2に名前の上がっている政治家は、いずれも相当の実力者たちだと考えられる。しかし、その中でもさらに、実際に首相の座を手にすることができるのは、文字通り一握りの政治家に絞られる。

 さて、このように比較してみると、三役の中でも、首相へのキャリアステップとしては幹事長の重要性が際立っていることが明確になる。そもそも、幹事長となる政治家の数は、総務会長や政調会長になる政治家の数よりも2割ほど少ない。そして、ごく単純に計算すると、自民党の幹事長に就くと、約3割の確率で後に首相の座を射止めることができる。これに対して、総務会長の場合、昇進確率は1割にも満たない。政務調査会長の場合はやや高いが、それでも幹事長と比べると半分ほどの確率でしかない。

 もちろん、3割という数字は相対的に高いが、逆にいえば、幹事長になったとしても首相になれない政治家もたくさんいることを意味している。今回、自民党総裁選に立候補した3人の政治家の中では、石破茂氏が幹事長を経験した候補であったが、その石破氏は首相への階段を登ることができなかった。しかしながら、少なくとも数字の上では、彼が将来の首相になる確率という点で、依然として最も有利な候補の一人であることにはかわりはない。

 一方、もうひとりの候補の岸田文雄氏は、安倍政権最後の政調会長であった。岸田氏は、しばしば幹事長への就任を希望していたと報じられたことがある。しかし、安倍氏は結局岸田氏の要望を入れず、高齢な(すなわち、客観的にみて、将来において首相となる可能性のない)二階俊博氏を幹事長として起用し続けた。この人事は、後継者づくりをするのでなく、安倍氏が自らの一強体制を強化するための措置であったと考えられる(詳しくは拙稿「一強政治の偶然と必然」『中央公論』11月号掲載予定)。

 その背景には、幹事長となる政治家がまわりから正真正銘の実力者として認知されることになるので、自らの権力に挑戦するライバルとなるかもしれないという認識があったと考えられる。そして、岸田氏の側が政調会長に満足せず幹事長のポジションをも目指したということも、この役職が首相へのキャリアパスとしての特別な重要性を持つことを認識していたからにほかならない。

 なお、この度実際に首相への階段を登りつめることに成功した菅氏は、第二次安倍政権の官房長官をずっと務めたが、ご覧の通り、自民党三役のどの役職も経験したことがない。彼は、この意味において、総裁候補としてはまさしく「ダークホース」であった。当初、菅氏は自分が首相になる可能性を否定し続け、最後の最後に名乗りを上げて総裁選を一気に駆け抜けた。逆に、もしも早くから彼が名乗りを上げていたら、役職経験の乏しさから、総裁候補としてのクレディビリティを勝ち得ることは難しかったかもしれないのである。

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筆者

河野勝

河野勝(こうの・まさる) 早稲田大学政治経済学術院教授

1962年東京都⽣まれ。スタンフォード⼤学博⼠(政治学)。ブリティッシュ・コロンビア⼤学助教授などを経て、現在、早稲⽥⼤学政治経済学術院教授。著書にJapan's Postwar Party Politics (Princeton University Press)、『制度』(東京⼤学出版会)、『政治を科学することは可能か』(中央公論新社)など