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「死ぬまで働くしかない」 コロナ禍で深刻さを増した高齢の離婚女性の窮状

届かない国の支援策。女性が子育てをしながら働き続けられる社会の構築が急務

円より子 元参議院議員、女性のための政治スクール校長

 安倍晋三首相の辞任で9月16日、菅義偉氏が新しい首相に就任した。菅首相が掲げる「自助・共助・公助」論は確かに社会の基本だ。できる限り自分の足で立とうと、日本人は皆、黙々と働いてきた。しかし、安倍政権下で明らかに広がった社会の分断のなか、「働けど猶我が暮らし楽にならざり、ぢっと手を見る」と詠(うた)った石川啄木の気持を噛み締める人が明らかに増えている。

 そのなかに、社会から無視されている高齢の離婚女性「寡婦」たちがいる。

ひとり親家庭の相対的貧困率は高い

Ellegant/shutterstock.com

 「子どもの貧困」が取りざたされるようになって久しい。とりわけ、ひとり親家庭の相対的貧困率は52.5%と高い。

 母子家庭のお母さんの就業率は84.5%。夫との離死別後、8割から9割の女性が働きながら必死に子どもを育てているわけだ。にもかかわらず貧困率が高いのは、この国ではいったん仕事を辞めると再就職が不利になることが多く、なんとか仕事が見つかってもほとんどが非正規雇用で、十分な収入が得られないのが原因だ。

 ちなみに有業の母子家庭の貧困率は54.6%。働いているほうが「貧乏だ」という。ひとり親のなかには死別家庭がある。離別家庭より持ち家率が3倍近く多く、遺族年金もあることが、働いている離別家庭よりは少しは余裕がある要因かもしれない。

 だが、それだって似たり寄ったりで、「稼ぎのある(と思われる)男」のいない世帯は皆、汲々(きゅうきゅう)としているのが実態だ。

 コロナ禍でそうした窮状はさらに悪化している。国も自治体も早急に支援金の給付などを決めたが、休業待機や失業で無収入となった人々にとってはしょせん雀の涙。収入が得られる仕事を早急につくり、雇用を生み出すのが国の責任だろう。

国の施策が届かない寡婦という存在

 それでも、未来のある子どもには、十分ではないとはいえ、国の施策はまだ届く。子どもが成人した後のいわゆる「寡婦」がおかれた状況はさらに深刻だ。ほとんど調査がされないので、施策の基になる統計もない。いわば見捨てられた存在だ。

 寡婦? 聞きなれない言葉だろう。辞書には、夫と死別または離別し、再婚していない女性のこととある。別の辞書では、「未亡人」の意の漢語的表現としか書いていない。未婚の母が税制上、寡婦控除の対象になることがつい先頃、認められた。それを報じるニュースで寡婦という言葉が身近になった人もいるに違いない。

 「母子及び父子並びに寡婦福祉法」という法律が国にはある。寡婦が事業を起こす際の貸付制度なども定められている。ただ、今回のコロナ禍での国の施策を見ると、対象はひとり親家庭のうち、18歳未満の子どもがいる児童扶養手当の受給者世帯に絞られているようだ。

 国会議員だったとき、私はひとり親家庭の母の就業支援法をつくるなど、女性の働き方改善に奔走した。しかし、そこには厚い壁があった。それは「勝手に離婚した人を支援するのですか」という見えない差別だった。

 そのため、反対する人を説得する際は、「親が働いてまともな収入を得られなければ、困るのは子どもたちです」と、子どもを盾にしなければならなかった。子どもへの支援が重要なのはもちろんだが、女性の経済的自立があれば、子どもの貧困も防げるのに、政治の世界では「女性」を全面に出すと、通るものも通らなかった。

母子家庭のお母さんは病気でも休めない

 私は長年、離別母子のネットワーク「ハンド・イン・ハンドの会」を組織してきた。母と子が参加する春夏の合宿では、母親が病気になっても、幼い子どもたちが自分で料理をつくれるようにと料理教室を開いたり、子どもたちの心理を母親に気づいてもらえるよう「描画テスト」をしたりしてきた。

 ある夏の合宿のときのことだ。「円さん、うちのお母さんは魔女みたいって言われているの」とS子ちゃんが言った。ちょうど魔女の宅急便が流行った頃だった。聞けば、S子ちゃんが下校する時間に、昼の仕事を終えた母親が夕方からの仕事に間に合うよう、自転車を吹っ飛ばしているのに出会う。それがすごいスピードで、「まるで空を飛ぶ魔女の宅急便みたい」と友達に言われているとか。

 S子ちゃんの母親は頑張り屋さんで、離婚してパートで事務の仕事をしていたが、それだけでは暮らしていけず、夜は居酒屋で立ち通しで皿洗いをしていた。それから数年後、久しぶりに会った彼女はすっかり痩せこけていて、みんなで健康状態を案じていたのだが、間もなくすい臓ガンで帰らぬ人となった。

 S子ちゃんの母親だけではない。N子さんも「息子が成人式を迎える」と嬉しそうに語っていたのに、ガンに倒れた。まだ40代後半だった。早期発見早期治療なら助かったかもしれない命が、病院に行く時間を取れず、その間に病魔がどんどん身体を蝕(むしば)んでいった。

 「早く病院に行けば良かったのに」と言うのは恵まれた人だ。1日仕事を休めば1日分の収入がなくなる、いつクビを切られるかわからない母子家庭の母親たちの多くは、病院にいく時間もない。有給休暇があり、少々休んでも月給やボーナスが出る人たちには、身体が辛くても働き続けなければいけない人の切実さはわかるまい。

一億総活躍、女性活躍……掛け声はバラ色だが

 2018年の時点で非正規は全雇用者の4割近い(37.9%)。女性の場合は、6割近くが非正規だ。夫がいて、収入も安定していて、補助的収入を得られればいい人ならまだしも、未婚の一人暮らしの女性や離婚した母親にとって、非正規雇用だと生活は厳しい。

 母子世帯の平均年収は、児童扶養手当などの公的補助を入れても243万円(2016年)だ。

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