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危機において自由と安全は調和するか? コロナ禍のフランスの試み

民主主義と自由・人権の問題を私たちに突きつけた新型コロナの感染拡大

金塚彩乃 弁護士・フランス共和国弁護士

民主主義の放棄につながるリスクも

 たとえば、朝日新聞は緊急事態下の2020年5月5日、「私権を制限する欧米、『自粛』の日本 憲法改正は備えか」と題する記事を掲載した。欧米各国がいかに強力な措置をとっているかが紹介されるとともに、ドイツやイタリアの厳しい対応を多くの国民が支持している状況を「命守るためには自由制限」という見出しで報じ、フランスでも「15年のテロを経験し、国民の生命を守るためには、自由を制限してでも国家権力を強める必要があると考える人が増えている可能性がある」というパリ政治学院の教授のコメントが引かれていた。

 さらにこの記事には、国民の行動の制限の根拠が憲法か否か、罰則があるのかどうかについて、米・独・日を比較する表も掲載された。厳しい措置は自由の制約という観点からのみ紹介され、そこから見えてきたのは、安全のためであればどのような強行措置も支持する、日本人よりも簡単に自由を手放す欧米人の姿だった。

 人々の自由が守られるのが(あるいは守られるはずなのが)民主主義体制であると一般に解されるとすれば(もちろん定義はいろいろあるが)、このような自由の放棄は民主主義それ自体の危機とも考えられる。公共の安全のため自由を差し出す行為は、民主主義の否定につながることになるだろう。

 冒頭で引いた日経新聞の記事は、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を引用し、人々が自由でいる責任に耐えかねた結果、ファシズムや共産主義の台頭を許したとし、現状の自由の放棄が民主主義の放棄につながり得るリスクを指摘してもいる。

拡大Maria Vonotna/shutterstock.com

自由と安全の調和を模索したフランス

 しかし、状況をもう少しそばから見てみると、自由と民主主義を守るための戦いは、個人の自由か公共の安全かという対立項の選択の問題だけではないことが見えてくる。むしろここで検討対象とするフランスで模索されたのは、危機的状況における自由と安全の調和だった。

 そもそもフランスでは、公共の安全は自由の行使の前提条件だと考える。つまり、危機的状況においても、個人が自由を可能な限り行使できる状態を保つために、公共の安全がどのようなものでなければならないかが考えられる。自由の行使の領域を確保するための線引きを、いかに明確にするかの努力が行われるのである。

 それゆえフランスでは、どのようにして自由と安全の「調和」を図るかという議論はされても、自由と安全のどちらかを選ぶという問題の立て方はなされない。

 調和に関する議論は、安全の確保が憲法上の要請であるとしても、安全を守るために同じく憲法上守られる権利を必要以上に侵害してはいないか、という検討を通じて行われる。この手法は、「比例性原則」と言われるもので、①安全のために自由を制約する法律が行き過ぎになっていないかということを法律を作る際に吟味し、②法律の適用の方法もまた必要以上に自由を侵害していないかという裁判所による具体的な吟味――によって行われる。

1789年人権宣言に基づいて

拡大corgarashu/shutterstock.com

 そしてこの調和は、法律が決めるルールによるべきとされる。このルールは、今も憲法上の効力を有する1789年人権宣言の4条に基づく。具体的には以下の通りである。

――自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によらなければ定められない。

 これは、私たちの自由は他人の自由によってしか制約を受けないが、自由と制約の調和を行うのは法律のみという考えである。そして、法律による自由の制約については、それが必要以上のものになっていないか、という点が常に吟味される。

 制約が必要最低限度のものになっているかどうかは、制約を課す法律の言葉が明確でないと評価できない。そのため、リミットを設ける法律は詳しく、明確なものとなる。フランスの模索は、問題となる自由や権利自体が何であるかを明確にしたうえで、いかに明確な言葉で自由と制約の調和を図るかということになる。

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筆者

金塚彩乃

金塚彩乃(かねづか・あやの) 弁護士・フランス共和国弁護士

弁護士(第二東京弁護士会)・フランス共和国弁護士(パリ弁護士会) 中学・高校をフランス・パリの現地校で過ごし、東京大学法学部卒業後、弁護士登録。再度、渡仏し、パリ第2大学法学部でビジネスローを学び、パリ弁護士会登録。日仏の資格を持つ数少ない弁護士として、フランスにかかわる企業法務全般及び訴訟案件を手掛ける。2013年より慶應義塾大学法科大学院でフランス公法(憲法)を教える。2013年、フランス国家功労賞シュバリエを叙勲。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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