2020年09月21日
11月のアメリカ大統領選が目前に迫る中、トランプ大統領が激戦州で開催している数千人規模の選挙集会が大きな社会問題となっている。コロナ禍のさなか、トランプ支持者たちは州が義務づけているマスク着用を無視し、「ソーシャル・ディスタンシング(他人との1.8メートルの距離)」を守っていないからだ。専門家からは、トランプ氏の大規模選挙集会について「開催地の感染拡大につながっている」という強い批判が出ている。
トランプ氏の選挙集会の実態とはどのようなものか。9月10日にミシガン州で開催された選挙集会に参加してみた。
トランプ氏が選挙集会を開催するのは、ミシガン州フリーランドの地方空港の格納庫だ。
トランプ陣営は最近、地方空港の格納庫を好んで利用している。正面の扉を開けて使えば会場の通気が良いうえ、支持者拡大を狙う郊外に立地しているという利点があるからだ。
今回の開催場所となるフリーランドも、ミシガン州最大の都市デトロイトから車で2時間の距離にある郊外の都市だ。空港付近の道を車で走ると、トランプ支持のサインボードを庭に掲げた家々が目についた。
9月10日正午過ぎ。
開会から7時間前にもかかわらず、支持者たちが会場前に続々と列を作って並び始めた。多くの支持者が「MAKE AMERICA GREAT AGAIN(米国を再び偉大に)」のロゴが入った赤い帽子(通称「マガハット」)をかぶっている。
会場入り口では、トランプ陣営のスタッフたちが参加者のおでこに非接触型体温計をかざして検温していた。その後、「必要があればどうぞ」とマスクを配布していたが、受け取らない人たちが目立った。
会場となる巨大な格納庫内に入ると、正面の扉は開かれ、トランプ氏が演説する演台を取り囲むように特設会場が設営されていた。
ミシガン州では多数が集う集会ではマスク着用を義務化している。しかし、会場内でマスクを着用している人々は2~3割程度にとどまり、スタッフが着用を促す様子はみられなかった。
開会時間が迫るにつれ、会場内の参加者の数はどんどん増え、お互いの体が触れ合うほどにぎゅうぎゅうの「密」状態となっていった。
開会前の会場内では、耳をつんざくような大音量の音楽が流れている。
私はマスクを着用し、相手と十分にソーシャル・ディスタンシングを取るように注意しているが、会話をする相手の声は聞こえづらい。マスクを着けていない参加者たちはお互いの耳元に口を近づけ、大声で話している。
「どこから来たの?」
「マガハット」をかぶった初老の女性が、にこにこしながら話しかけてきた。この女性も、マスクを着用していない。私がコロナ禍のさなかでもトランプ氏の選挙集会に参加している理由を尋ねると、「コロナを恐れるよりも、『言論の自由』の方がもっと大事よ」と胸を張った。
多くのメディア報道を通じたトランプ支持者像は、メディアの記者に対して攻撃的な態度をとるという印象が強い。しかし、実際に話してみると、とても気さくでフレンドリーな人たちが多く、これまで私が取材を申し込んだケースでも取材拒否をした人たちはほとんどいない。もしかしたら日本メディアは米国の主要メディアとは違う、という考えをもっているのかもしれない。
ただし、彼らの主張を聞いてみると、とても先鋭的であり、気さくな人柄とのギャップに驚くことがしばしばある。
マスクを着用せずに演台を眺めていた無職のマイクさんは(67)は、「コロナは民主党がこの国の分断と経済的な混乱を引き起こすために利用している話だ」と顔をしかめた。
マスク着用の義務について聞くと、「全く同意できないね。もし今日のイベントでマスク着用が義務だったら参加していないよ」と答えた。
一方、会場内で配られたマスクを着用していた重機運転手アンドリュー・ブルーダさん(49)は、「コロナウイルスはウソではないと思うけど、人数は正確ではないし、大げさだ」と熱心な表情で語り、メディアのコロナ報道のあり方に強い不信感を示した。
「このまま経済を止め続けたら、多くの人が死んでしまう」とも述べ、トランプ氏の経済活動の早期再開の方針を支持した。
トランプ陣営は、大規模選挙集会時のコロナ感染を防ぐ手立てについて、「コロナの流行期間中、我々は州と地方のガイドラインに従っている」(広報担当)と語る。
しかし、現場の会場で取材すれば、この言葉が守られていないことがわかる。
例えば、今回会場となったミシガン州のガイドラインでは、大規模集会時に会場内に椅子を配置する際は、ソーシャル・ディスタンシングを守って1.8メートルの距離を取るように定めているが、この日の集会では椅子が隙間なくぎちぎちに並べられていた。
トランプ氏の選挙集会でマスク着用やソーシャル・ディスタンシングなどが守られていないことが、社会問題化してしまうほどの米国内の緊迫感は、もしかしたらわかりづらいかもしれない。
米国では新型コロナの感染者数660万人超、死者数は20万人近くと世界最悪の記録を更新し続けている。一時期のピークを越えたとはいえ、今でも連日1千人近くが死亡している。
多くの州ではマスク着用が公共の場所で義務づけられているうえ、会社での勤務や学校での授業も制限されている。私もワシントンDCにある会社のオフィスに通うことはできず、自宅での仕事を余儀なくされているうえ、小学1年生の息子も3月からずっと自宅でオンライン授業だ。
コロナの感染予防は、喫緊の課題だという緊張感が、一般の市民の日常生活にはあるのだ。
トランプ氏の大規模選挙集会に対しては、公衆衛生の専門家からも批判の声があがっている。
6月20日、オクラホマ州タルサでは、新型コロナ米国内で感染拡大したのちに初めて大規模集会が開催された。そのタルサでは集会開催後の約2週間後、感染者数が3倍以上に急増した。地元保健当局は「トランプ氏の集会が関係している可能性が高い」という見方を示している。
この集会の参加者からは死者もでている。
2012年米大統領選で共和党指名候補争いに参加した元ピザチェーン経営者ハーマン・ケイン氏はタルサでの選挙集会に参加し、同29日に新型コロナの陽性反応が出て、7月1日に入院。同30日に死去が明らかになった。ケイン氏がどこで新型コロナに感染したかは不明だ。しかし、最後に公に姿を見せたのは、タルサでの選挙集会であり、その当時、マスクを着用していなかった。
トランプ氏は11月の大統領選まで大規模集会の開催を続ける意向だが、開催地の地元から反発もでている。
ミシガン州のホイットマー知事(民主党)は今回のトランプ氏の集会開催前、「トランプ大統領は、参加者が他人との距離を取らず、マスクを着用していない集会を全米各地で行っている」と述べ、開催に強い懸念を示していた。
先週末にネバダ州の空港格納庫で予定されていた大規模選挙集会をめぐっては、地元空港当局が「州の50人以上の集会を禁じたガイドラインに違反する」と警告。トランプ陣営は、会場の変更を迫られた。
トランプ氏の選挙集会に対する批判に対し、支持者たちからは人種差別への抗議デモでも不特定多数の参加者が集っている、という反論がある。しかし、「トランプ支持者と比べ、デモ参加者は感染リスクを下げようとしている点が違う」という公衆衛生の専門家の指摘がある。
確かに私も過去、何度もデモ集会を取材した経験があるが、参加者のほとんどがマスクを着用している。マスクを着用していない人たち同士が大声で顔を寄せ合って話し合っているトランプ氏の選挙集会を見ると、トランプ氏の選挙集会の方がコロナの感染リスクは高いと感じざるをえない。
午後7時過ぎ。支持者たちの目の前に着陸した大統領専用機(エアフォースワン)からトランプ氏が降りてきて、特設会場に姿を現した。
「ハロー、ミシガン! 数千人の忠実で勤勉な愛国者たちと一緒にここフリーランドで過ごせるなんてとても興奮しているよ!」
トランプ氏が声を張り上げると、数千人の支持者たちは興奮して体を揺らした。トランプ氏自身は、聴衆から10メートル以上の距離にある演台でしゃべっているので、何ら感染のリスクはない。しかし、マスクを着用してない支持者たちは、お互いの肩が触れ合うほど密集し、「あと4年、あと4年!」とトランプ氏に向かって大歓声を上げた。
「我々は日々、米国を偉大にし続けている」「もしバイデンが勝てば、中国や暴徒が勝つことになる」――。トランプ氏の1時間半にわたる軽妙な語り口に、支持者たちは大いに笑い、憤り、熱狂した。
一方、集会の裏では、トランプ陣営には批判を気にしてピリピリした雰囲気が漂っていた。
ニュー ヨーク・タイムズの記者が取材中、「たぶん10%程度しかマスクを着用していない」とツイートしたところ、突然スタッフから「記者証を所持していない」などの理由で会場の外に追い出された。
一緒に会場を取材していた、アメリカ総局のフォトグラファー、ランハム裕子氏も、集会の閉会後、会場内に敷き詰められた椅子を撮影していたところ、「写真なんか撮るのをやめて早く出ていけ!」とスタッフから怒鳴られ、写真撮影を取りやめるように迫られた。
トランプ氏は、3月にワシントン・ポストのボブ・ウッドワード氏のインタビューを受けた際、「(事態を)いつも軽く見せたかった」と語り、新型コロナの深刻な危険性を早期に把握しながら、米国民向けには意図的に隠し、楽観的な発言を続けていたことを自ら告白した。
世界最悪の感染状況が続く中、トランプ氏はこの日の演説でも、新型コロナの深刻な危険性には一切触れず、「ワクチンはすぐに開発される」などと楽観論を繰り返した。
トランプ氏の演説が終わり、会場を後にする支持者たちには笑顔があふれていた。ユウコ氏がカメラを向けると、支持者たちは陽気に手を振り、「あと4年!」などと書かれたサインボードを掲げた。
トランプ氏の新型コロナの深刻な危険を「軽く見せたい」という思惑は決して過去の話ではない。大規模選挙集会を通じて今も続いている――。支持者たちの笑顔を見ながら、そう実感した。
一方、民主党のバイデン前副大統領はトランプ氏とは対照的に、大規模集会を開催していない。地元のデラウェア州外で開催するイベントでも参加者や報道陣の人数を極力絞り、他人との距離を守っている。
トランプ氏の選挙集会の取材から自宅に戻ると、私は自室で自主隔離に入った。そして今日、出張から戻って受けたPRC検査で「陰性」と出た。
胸をなでおろした。
園田耕司・朝日新聞ワシントン特派員が論座で連載した「アメリカ・ファースト-トランプの外交安保」が9月17日、筑摩選書として出版されました。タイトルは「独裁と孤立 トランプのアメリカ・ファースト」です。詳しくは【こちら】。
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