メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

菅首相への期待と不安~「ビスマルクのマント」をつかんだ強運と政治勘

日本の展望と指針を示すための作業に着手を。「経済計画」策定も一策

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

運命のマントをつかんだ菅首相

 そんなことを、菅義偉首相の誕生によってふと思い出した。

 菅氏のこれまでの半生を知ると、この人は人生の随所で運命のマントを機敏につかんできたのだろうなと感じる。志が強固だったからそうだったのか、それとも単に幸運だったかはまだはっきりとしないが……。

拡大記者会見にのぞむ岸信介首相=1959年7月9日、首相官邸
 成功する政治家にとって強運は不可欠な要件だ。必要安倍晋三前首相の祖父である岸信介元首相も、自分が政治家として大成したのは、いくつかの幸運が重なったからだと率直に語っている。

 ひとつは自民党結党の直後、1956年1月に次期総裁の大本命であった緒方竹虎氏が急逝したことだ。そして、その1年後、総裁選で敗れた相手である石橋湛山首相が病気で退陣を余儀なくされたこと。このふたつの予想外の出来事がなければ、自分は首相になれなかったと言う。

 さらに、A級戦犯容疑で巣鴨プリズンに収容された後、米ソの冷戦が勃発したことも幸運だったという。それによって、米国も日本も反共の指導者・岸信介を必要とすることになったからだ。岸氏は獄中で、冷戦が激化することをひたすら願ったという。

 そのとき、岸氏には間違いなく運命のマントが次々と見えていたに違いない。そして彼は、その裾を果断につかみ、釈放後ほぼ8年にして首相の座に就いた。

 菅首相もまた、常に運命のマントが飛び交う修羅場に身を置こうとしてきたのだろう。修羅場が出現しなければ、自ら修羅場をつくり出して、マントの裾をつかんできたのかもしれない。

菅氏の二つの大きな幸運

 菅氏の政治経歴を眺めると、特記すべき幸運が二つある。ひとつは、衆議院に小選挙区制が導入されたこと。もうひとつは、

・・・ログインして読む
(残り:約1420文字/本文:約2810文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

田中秀征の記事

もっと見る