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 「受かったら、ヒップホップ・ダンスとドラムは絶対習わせてよ!」

 これが、うちの子どもの中学受験の動機だ。情けないが、そう、うちの子はけっして、その中学に入りたいわけではないので、このようなご褒美的動機となるわけだ。

 この事実を真面目に見据えるとドっと疲れる。親の考えを押しつけているのか?と葛藤する日々。前回(『韓国の中学受験の恐るべし「ミッション」』)は、受験勉強を開始し、そしてその受験方式に驚き、さらにそれに対応する韓国のお母さんたちに気後れしたことを書いた。

 今回はその続きである。

育てる側が与えるものが連鎖する

 受験するのは、韓国伝統音楽の専門中学校。

 日本も三味線や琴などの邦楽器や能や文楽、歌舞伎などの伝統芸能を専門に習う学校があったら面白いんじゃないかなと思うのだが……。韓国は伝統芸能がほぼ世襲制ではなく、基本的に学校などの公の教育機関で伝授されている。一般の大学に音楽科があるように、伝統音楽科(国楽科)があるのだ。

拡大arti-flow/Shutterstock.com

 今や、ポップやジャズも「実用音楽」と呼ばれ、大学の一つの専攻として成立している。

 学歴社会の韓国では、趣味で音楽をしていて「それが高じて生業になりました!」みたいな人はあまりいない。音楽や舞踊で生業を立てている人は、どこかの大学、いや今や大学院出身者なのである。ゆがんではいるが、めちゃめちゃ実力のあるミュージシャンより博士号取得の音楽科卒の方が食っていけているのが透けて見える世の中になってしまった。

 20年ほど前までは伝統音楽専門の学校は高等学校からであったが、現在は中学からと早期化している。受験科目は、聴音、歌唱の実技以外に、私がミッションと呼んでいる国語、数学、英語の15問題を5分間で解かせる試験がある。15分もあればほとんどの子が全問正解する基本的な問題であるのに、これを5分以内で解かす。しかも、二つ間違えれば不合格というのだから、ハードルは高い。聴音に至っては満点じゃないと受からないという。今、これを書いていても、こんな受験、必要?と自問自答してしまう。

 わずか小学校6年生の子に、将来音楽で生きるのかどうか、中途半端に進路を決めさせ、そして、決して健全とは言えない受験用の特訓をさせる。親心としては「音楽(芸術)の傍らにある人生」をと願ったのであるが、受験の特訓で精神的・体力的に疲弊し、子どもも音楽に対してだんだんネガティブに。

 なんか、本末転倒だ。

 「将来、何をするのも自由なんだよ」と子どもに言ってはいるものの、未だ世間知らずの子どもにとっては育て側の環境、育て側の与えるものが全てであり、そこから良いも悪いも逃れられない。

 そう、育てる側が与えるもの。結局それが連鎖する。ひいては社会的文化的再生産論にまで行きつくのか?といろいろ考え出すと寝られやしない。

 「育てる側が必要だと考える何か」は、とても主観的で、ややもすると疑うことなく子どもに引き継がせている。だから、子育てには、育てる側の価値観が具現化される事が多い。育てる側の価値観や経験値は、生きる上で有用なモノならそのまま先祖代々引き継がれていることも多い。

 例えば、私たちのように音楽家の子どもは音楽家のように。医者の子は医者、私の周りには結構いる。家訓、家風という言葉は古いイメージがするものの、「生きていく術」「価値観」などと言い換えれば、現代でも納得が行くし、これからもなくなりはしない。

 しかし、何にしろ「その教え」や「連鎖」が正解か否かは、子が生き生きとしているかどうかである。そこで判断・評価すべきだ。自分の教えが周りと違っていようと、どうであろうと、対子どもだけを意識したいものだ。

 (以下の動画は、国立国楽中学校の「音の泉芸術祭」。文化祭のようなものだ。日本も邦楽だけの中学校があったらと思って観ると色々想像が膨らむ)

国立国楽中学校の「音の泉芸術祭」。文化祭のようなものだ。日本も邦楽だけの中学校があったらと思って観ると色々想像が膨らむ


筆者

藏重優姫

藏重優姫(くらしげ・うひ) 韓国舞踊講師、仁荷工業専門大学語学教養学科助教授

日本人の父と在日コリアン2世の間に生まれる。3歳からバレエ、10歳から韓国舞踊を始め、現在は韓国にて「多文化家庭」の子どもを中心に韓国舞踊を教えている。大阪教育大学在学中、韓国舞踊にさらに没頭し、韓国留学を決意する。政府招請奨学生としてソウル大学教育学部修士課程にて教育人類学を専攻する傍ら、韓国で舞台活動を行う。現在、韓国在住。日々の生活は、二児の子育て、日本語講師、多文化家庭バドミントンクラブの雑用係、韓国舞踊の先生と、キリキリ舞いの生活である。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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