日本の問題の核心は“public”の不在にある
2020年09月24日
前川喜平元文部科学省次官は『サンデー毎日』誌上で、菅義偉政権の登場を展望して、つぎのように指摘している。
「私は安倍氏以上に危険だと思う。安倍政権の権力を支え、内政を仕切ってきたのは、実質彼だからだ。霞が関に対する締め付けはさらにきつくなり、安倍時代以上の官僚の官邸下僕化、私兵化は進むであろう」
ここでは、この官僚の「公僕」から「下僕」への変化について論じてみたい。
最初に、官僚という言葉の問題について解説したい。イギリスの場合、法をつかさどる公務員に“magistrate”という単語を使用することがある。とくに軽犯罪を取り扱ったり、より重い犯罪の予備審問を行ったりする法廷を主宰する治安判事をさすこともある(菊池良生著 『警察の誕生』集英社新書, 2010)。この言葉は中世後期の英語で、ラテン語の“magistrātus”から派生した。ルソーが『社会契約論』を書いたときに使った“magistrate(s)”もこのラテン語に由来している。
現代のフランス語では、“magistrate”は司法官を意味している。以上から、公務員といっても、そのなかに司法官を含むかどうかが重要な違いになってきたことがわかる。司法官については、古来、収賄を罪に問う伝統があったから、こうした慣習を他の公務員にどう広げるかが近代化以降、問題化したと考えことができる。フランスの現在の公務員制度では、国家公務員、地方公務員、および医療機関の職員の3類型があり、それぞれの類型のなかで、官吏(fonctionnaire)と非官吏(agent public non titulaire)に分けられている。
英語の“bureaucrat”は19世紀なかばにフランス語の“bureaucrate”から変化したものである。“bureau”は机ないし事務所のようなものを意味し、“-crate”はルールないし政治権力を意味するギリシャ語の“κράτοζ”に由来する。英語では、“public servant”が「公僕」としての公務員をイメージするになるのだが、19世紀になって、“servant of the state”=“official”として用いられるようになる。
だが、英国の場合、“civil service”という言葉で軍人および司法官を除く国家の職務に雇用されている政府職員をさすことが一般的だ。この言葉は、イギリス支配下のインド行政で初めて使用され、その後、イギリス内で公開競争試験が導入される過程で広まったという(鵜養幸雄著「「公務員」という言葉」『立命館法学』5・6号, 2009)。米国でも、“civil service”が公務員を表す言葉として使用されているが、行政、立法、司法におけるすべての任命による官職(軍人を除く)とされている。
一方、中国語で「官」を意味する、英語の“mandarin”がポルトガル語経由で英語に入ってきたことはよく知られている。ポルトガル語の“Malay”(大臣を意味する)から派生した“mandarim”に由来する。
ドイツ語では、“Beamte”が公務員、官吏として使用されている。これは、連邦政府・州政府・自治体が任命する者で、これと別に連邦政府・州政府・自治体と雇用契約を結んだ、民間の被用者もいる。ドイツでは、現在のドイツの公務員制度はワイマール憲法時代の公務員法制から継続性を基本としつつ展開している。かつては3分類(官吏, Beamte, 官吏以外の雇員, Angestalt, 同労務員, Arbeiter)であったが、現在は官吏(Beamte)と公務被用者(Tarifbeschaftige)に分類されている。
公僕としての“public servant”が19世紀になって、“official”に転化した。ただ英国の場合、“civil service”という言葉で軍人および司法官を除く国家の職務に雇用されている政府職員をさすことが一般的だ。米国でも、“civil service”が公務員を表す言葉として使用されている。ただし、軍人は除かれている。このように官吏の定義さえ、本当は簡単ではないのだ。
ついでに説明しておくと、この“official”はキリスト教会の官僚制に由来し
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください