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暗号通貨をめぐる翻訳の混乱

「通貨」を嫌う主権国家 「すべてを疑いなさい」

塩原俊彦 高知大学准教授

 日本では、2020年5月1日に施行された「資金決済法の改正」により、法令上、「仮想通貨」は「暗号資産」へ呼称変更された。この変更は、2018年12月21日に出された「仮想通貨交換業等に関する研究会 報告書」のなかで、「仮想通貨」から「暗号資産」への呼称変更が提言されたことを受けて行われたものである。

 その記述によると、そもそも「仮想通貨」という翻訳はFATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)や諸外国の法令等で用いられていた“virtual currency”の邦訳であったが、①最近では、国際的な議論の場において、“crypto-asset”(「暗号資産」)との表現が用いられつつある、②「仮想通貨」の呼称は誤解を生みやすい――という2点を理由に「仮想通貨」から「暗号資産」への呼称変更が必要だとしている。

 拙稿「言葉と権力:「誰かと話すことは権力の問題になる」 権力の盛衰とともに変化する言葉に敏感であれ」を公表した筆者としては、この呼称変更を鵜呑みにはできない。よからぬ企みがあるかもしれないからだ。

「暗号資産=暗号通貨ではない」

拡大PixieMe / Shutterstock.com

 この報告書の注では、2018年11月30日から12月1日に開催されたG20 ブエノスアイレス・サミットの首脳宣言で“crypto-asset”という言葉が使われ、「我々はFATF基準に沿って、マネーロンダリング防止やテロ資金対策のための暗号資産を規制し、必要に応じて他の対応を検討する」と記述されたことを紹介している。同年7月のG20 財務相・中銀総裁会議の段階でも、「暗号資産は、消費者や投資家の保護、市場の整合性、脱税、マネーロンダリング、テロリストの資金調達などの問題を引き起こす」といった指摘がなされた。

 だが、いずれも暗号資産の定義が書かれているわけではない。そこで、しっかりした定義を探してみると、「アジアの暗号資産」というOECDの報告書があることに気づく。2019年12月にまとめられた報告では、「現在のところ、「暗号資産」(cryptoassets)という用語の国際的に合意された定義はない」としてうえで、この暗号資産が具体的には“digital currency”、“virtual currency”、“cryptocurrency”、“cryptoassets”などに関連していると指摘している。そのうえで、暗号資産をつぎように定義している。

 「付加価値単位の創出を制御し、取引を確認するために暗号化や分散型台帳技術に依存する私的資産を指す包括的な用語」というのがそれである。それにつづけて、“cryptocurrencies”の説明があり、「ある種の暗号資産は発行者によってバックアップされていないデジタル交換手段として機能できる。これらのタイプの資産は“cryptocurrencies”とも呼ばれ、そのなかでビットコイン(Bitcoin)はよく知られている最初のものであった」という。

 大切なことは、“cryptocurrencies”が暗号資産に含まれる概念であり、「cryptocurrencies=cryptoassets」ではない点だ。ところが、日本では、「仮想通貨」(virtual currencies)とされていたものをそっくり「暗号資産」に言い換えることにしたのである。これは、まったくおかしなことではないか。意図的で悪辣とも言える誤訳を疑うことなく、日本のマスメディアはこの二つの概念をまったく同一とみなして、「暗号通貨=暗号資産」であるかのように報道している。

 たとえば、NHKの櫻井玲子解説委員は、「「暗号資産 『リブラ』の衝撃」(時論公論)」という記事のなかで、「アメリカを代表する巨大IT企業の一つ「フェイスブック」が、来年から「リブラ」と呼ばれる独自の暗号資産・いわゆる仮想通貨を発行すると発表し、注目を集めています」と書いている。

 どうみても、暗号資産と仮想通貨をイコールとみなしているようにみえる。肝心なのは、「通貨を発行する」とは言うが、「資産を発行する」とは言わない点である。にもかかわらず、暗号通貨を暗号資産と同じと印象づけることで暗号通貨の「通貨」という点を弱めようとしているように感じられる。

 紹介したOECD報告では、「暗号通貨は、①政府発行の法定通貨に代わるP2P(仲間同士)の代替手段を構成することを意図し、②汎用な交換手段(中央銀行から独立した)として使用され、③暗号化として知られるメカニズムによって担保され、④法的通貨に変換可能である――価値のデジタル表現と定義されてきた」とのべられている。

 これからわかるように、暗号通貨はきわめて「通貨」に近く、暗号通貨を暗号資産と訳すことは誤訳であり、そこにはよからぬ意図を強く感じる。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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