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「子どもをいじめる国家権力」であり続けるのか? 菅政権に問われていること

朝鮮学校生への「経済制裁」を撤回せよ

松下秀雄 朝日新聞山口総局長・前「論座」編集長

警官隊の発砲で16歳が命を落とした歴史

 歴史を振り返れば、これは安倍政権のみの問題ではなく、もっと根が深いことがわかる。

 先日、朝鮮学校の歴史と現状を描いた「アイ(子ども)たちの学校」というドキュメンタリー映画をみた。朝鮮大学校を卒業したノンフィクション作家、高賛侑さんが監督を務めた作品である。

 もっとも衝撃的だったのは1948年、警官隊が在日コリアンの群衆に発砲し、16歳の金太一少年が命を落とす場面だ。きっかけは朝鮮学校の閉鎖命令だった。

 大日本帝国の臣民とされてきた在日の人たちは、戦後、母国語を取り戻すため各地に「国語講習所」を設け、それを母体に学校をつくっていった。しかし東西冷戦の進行とともに、連合国軍総司令部(GHQ)は彼らを危険な存在とみなすようになる。その意向を受けた日本政府と自治体は朝鮮学校の閉鎖を命じ、抗議する群衆に警官隊が銃弾を浴びせた。水平に銃を構える警官隊や、頭に銃弾を受けた金少年の画像をみると、これが戦後の日本で起きたことなのかと目を疑ってしまう。

 当時、在日の人たちは日本国籍をもっており、日本人なのだから日本が認めた学校に通えという理屈で閉鎖を命じた。しかし日本が独立を回復し、在日の人たちの日本国籍を奪ったあとも、朝鮮学校を「学校」と認めようとはしなかった。

 状況は少しずつ変わった。いまも幼稚園から大学までの学校(学校教育法1条に基づく学校)とは認められていないものの、各自治体が自動車学校や簿記学校のような「各種学校」として認可し、限られた額ではあるが補助金を出す自治体が増えた。朝鮮学校の生徒に通学定期を出さなかったJRも出すようになり、インターハイなどへの出場も可能になった。在日の人たちが声を上げ、一歩ずつ改善をかちとってきたのである。

 一方で、逆風も吹いた。北朝鮮の工作員による大韓航空機爆破事件。そして拉致問題。ことあるごとに在日の人たちが標的になった。

 大阪に生まれた私は子どものころ、朝鮮学校の女子生徒たちがチマ・チョゴリの制服を着て通学する姿を毎日のようにみていた。けれど、いまはその姿をみかけない。チマ・チョゴリを切り裂かれるなど、生徒への暴言や暴行が相次ぎ、学校に着いてから着替えるようになったからだ。

 そして安倍政権が朝鮮学校を締め付け、ヘイトスピーチが繰り返される。この逆風を、なんとか終わらせなければならない。

朝鮮学校で朝鮮語を学ぶ子どもたち=映画「アイたちの学校」から。高賛侑監督提供拡大朝鮮学校で朝鮮語を学ぶ子どもたち=映画「アイたちの学校」から。高賛侑監督提供

「日本への敵意」を育てるのはだれか

 子どもたち一人ひとりの顔を思い浮かべれば、「敵国の手先」扱いするのがいかにナンセンスかは、だれにだってわかるはずだ。彼ら彼女らが大人になったとき、日本に敵意を抱いているとすれば、それは朝鮮学校ではなく、その子たちを差別し、敵視する日本の政治と社会のせいだろう。欧州で生まれ育った移民の2世3世を「イスラム国」への参加のような行動に走らせた背景にも、彼らが受けてきた差別があると指摘されている。

 在日コリアンの知人は、「朝鮮学校はシェルターとして必要だ」と説明する。差別におびえず、安心してすごすことができ、友だちをつくれる空間として朝鮮学校が必要だというのである。そうだとすれば、朝鮮学校は子どもたちを守り、社会を安定させる機能を果たしているのかもしれない。

 そもそも、なぜ日本に在日コリアンが暮らしているのか、歴史的経緯を考えもせず、子どもに制裁を加えるなど愚かしいにもほどがある。危険なのは、子どもをいじめる国家権力であり、この社会で横行している差別である。それらを見過ごし、許してしまっている私たちも、みずからの責任を問い直さなければならない。


筆者

松下秀雄

松下秀雄(まつした・ひでお) 朝日新聞山口総局長・前「論座」編集長

1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、外務省、財務省などを担当し、デスクや論説委員、編集委員を経て、2020年4月から言論サイト「論座」副編集長、10月から編集長。22年9月から山口総局長。女性や若者、様々なマイノリティーの政治参加や、憲法、憲法改正国民投票などに関心をもち、取材・執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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