菅政権「デジタル改革」の罠(1)
2020年09月27日
菅義偉氏が首相になって初めて本格的な仕事に乗り出した。9月23日午前10時過ぎ、首相官邸。地味な灰色の背広に議員バッジとブルーリボンバッジをつけて、ノーネクタイ姿でテレビカメラに向かった菅氏は、こう語った。
「デジタル庁の創設は今までにないスピードで取り組む必要があります」
私は一時期、菅氏と連絡を取り合いながら仕事を進めた経験があるためにわかるが、その語調には特別の気負いがなかった。
閣僚全員が出席して、菅氏の左手側にはデジタル改革相の平井卓也氏が座った。個別の政策で全閣僚が集まる初めての会議となったデジタル改革関係閣僚会議。政権が掲げる最大の看板政策でありながら、初めての関係閣僚会議の冒頭に発言した菅首相に特別の気負いが見られないのはどういうわけだろうか。
「官民問わず能力が高い人材が集まって社会全体のデジタル化をリードする組織にする必要があります。そのための検討を加速し年末には基本方針を定め、次の通常国会に必要な法案を提出したい」
菅首相は気負いもなく、こう続けた。
その言葉に気負いが感じられないのは、「社会全体のデジタル化」や「行政のデジタル化」について、自身の中で時間をかけて問題が練られてきたためだろう。
しかし、この問題を最後まで練り上げれば、現在打ち出されている政策の方向性はおのずと違った方向に向かっていたのではないか。私にはそう思われる。
菅政権が進めようとする日本の行政の「デジタル化」の方向と、それが招来する驚くほど深刻な未来図を3回に分けて報告しよう。
まず認識しなければならないのは、極めて深刻な事態に向かって駆け下る急坂への第一歩は、すぐ目の前、10月1日から早速踏み出されるということだ。
この日、日本の全省庁が利用するIT基盤である「政府共通プラットフォーム」の次期基盤に米国の民間企業AmazonのAmazonWeb Services(AWS)のクラウド・コンピューティング・サービスが使われる。
これはどういうことを意味するのだろうか。
平井卓也氏は、デジタル改革相に就任した9月17日未明の記者会見で、コロナ対策のための10万円特別定額給付金について、問題点をこう指摘した。
「コロナ禍でわが国のデジタル化の課題が顕在化した。特別定額給付金10万円を届けるにあたってコストが1500億円もかかったというのは、デジタルの世界ではありえない。各府省、地方公共団体が縦割りでデジタル基盤整備をしているために、地域や分野横断での情報活用が進んでいない」(ABEMATIMESから引用要約)
私に入ってきた情報では、この問題意識は菅首相も共有しており、デジタル庁創設を発想した要因のひとつになった。
たしかに給付金を自治体に配るのに、事務費が正確には1458億7900万円もかかったのでは「何か無駄があるのでは」と思われても仕方ない。このような事態を避けるために、各府省や地方公共団体がそれぞれ縦割りで築いている「デジタル基盤」をなくしていき、まさに統一された「政府共通プラットフォーム」にチェンジしていこうということだ。
東京有数の繁華街、渋谷駅内外の再開発をイメージしていただきたい。古くなった駅構内と周辺を統一されたコンセプトの下に新しく構築し直していく作業だ。地上と地下で構築されつつあるこの作業を、デジタルの世界で中央省庁からスタートして将来的には各自治体にも広げる。こうして、共通のコンセプトの下にITの統一共通プラットフォームを全国に張り巡らせてしまおうという計画だ。
菅首相自身、9月23日の関係閣僚会議で、その狙いを一言で言ってのけている。
「(デジタル庁は)行政の縦割りを打破し規制改革を断行するための突破口」「国、自治体のシステムの統一・標準化、マイナンバーカードの普及促進を一気呵成に進める」(9月23日付朝日新聞夕刊)
狙いは明確であり、これが国民の利便性アップにつながるなら歓迎すべき政策と言えるだろう。
しかし、菅首相のこのアグレッシブな姿勢も、デジタル化政策の下に横たわる巨大な前提を考えに入れると、歓迎すべく挙げた手を降ろさざるをえない。
問題となる巨大な前提というのは、「国、自治体のシステムの統一・標準化」の基盤となる次期政府共通プラットフォームを提供するベンダーがAmazonであるという事実だ。
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