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イラン政府のコロナ対策に、国民の根深い不信感

[3]初期対応の失敗、感染者・死亡者数の信憑性に疑心暗鬼

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 中東で最初に新型コロナが蔓延したのはイランである。9月25日現在の確認陽性者は43万6319人で死者は2万5015人。ともに中東諸国の中では最多である。なぜ、これほどまでに感染が拡大したのか。その背景に政府の初期対応の失敗がある。

イランの新型コロナウイルス感染状況(2020年9月25日時点) 出典:世界保健機関イランの新型コロナウイルス感染状況(2020年9月25日時点) 出典:世界保健機関

 イランで初めてコロナの感染が確認されたのは2月19日で、保健省は中部の宗教都市コムで、6人の感染が確認され、2人が死亡したと発表した。その9日後の28日に英国放送協会(BBC)ペルシャ語放送が病院筋の情報として死者は累計210人であると報じた。しかし、イラン政府が発表した死者は34人であり、大きな開きがあった。

 3月12日にはワシントン・ポスト紙がイランで最初の死者が発表されて2日後に、コムでサッカー場ほどの巨大な墓穴とみられる溝が掘られている衛星写真を掲載した。さらに3月中旬にイランを訪れたWHO(世界保健機関)の緊急対応責任者がロイター通信に対して「公表されている感染者数は実際の5分の1にすぎないだろう」との見方を示した。国民の間には政府発表の信憑性に対する疑問が高まった。

 イランでは3月15日以降、政府発表で連日100人以上の死者が出る深刻な状況となった。3月下旬の一日の新規陽性者は3000人を超えた。政府は都市間の移動禁止や、モスクの集団礼拝、結婚式の禁止などの措置をとり、5月初めにやっと1000人を切るところまで減少したが、6月上旬に再度3000人を超えて、第2波となった。

爆発的に感染を拡大させた3要因

 まず、イランで急激に感染が拡大した背景にはいくつかの要因がある。

 第1の要因は、大規模感染が起こったのが、イランの国教であるイスラム教シーア派の聖地、宗教都市コムだったことである。ここにはシーア派の歴史的な宗教指導者の娘を祀ったファーティマ廟があり、イランの宗教教学の中心となっている。湾岸諸国やイラク、レバノンにあるシーア派社会から留学生や訪問者がコムを訪れる。

 コムでの感染と死者が発表されると、保健省は感染拡大防止のためにモスクでの礼拝自粛など緊急勧告を出した。ファーティマ廟では金曜日に集団礼拝がおこなわれるが、現地の宗教指導者はモスク閉鎖の提案は、廟の神聖さを汚そうとする敵の陰謀だと述べたという。イランは最高指導者ハメネイ師をはじめとして、シーア派宗教者が権力を持っており、聖地コムで始まったコロナの感染防止策を実施できなかった。

イスラム教シーア派の聖地コム Irtiza Hashmi/Shutterstock.comイスラム教シーア派の聖地コム Irtiza Hashmi/Shutterstock.com

 第2の要因は、中国との関係である。コムでのコロナの発生源について、①コムにあるイスラム研究の学院や大学にいる700人ほどの中国人留学生、②コムで進められる開発事業を請け負っている中国企業の中国人労働者、③商用で中国の武漢を行き来しているイラン人ビジネスマン――などの説があるが、いずれもコムと中国の深い関係を示す。

 米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」に掲載されたイラン人研究者のリポートによると、コムで最初の感染者が確認された後、コムにある大学の学長が「中国人留学生が感染拡大の要因」と独立系メディアのインタビューに語ったが、記事はすぐに削除されたという。さらに、イラン政府は中国への航空便を1月31日に停止したが、実際には革命防衛隊系の航空会社が2月23日まで中国便を運航していたという。

 イランは核開発問題をめぐって2015年に国連安保理常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国の間で最終合意に達し、制裁解除が始まった。しかし、合意後に就任したトランプ大統領が2018年に合意からの離脱を宣言し、2019年5月、イラン原油の全面禁輸に踏み切った。

 米国の制裁が強まる中で、イラン原油の最大の輸入国である中国との連携の重要性が高まった。中国との関係を維持したいという政治的な思惑が、中国発祥のコロナへの対応が遅れる要因になったと指摘されている。

 第3の要因は、

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