菅政権「デジタル改革」の罠(3)
2020年09月29日
東京・永田町の衆議院第2議員会館2階の議員事務所から地下の車寄せまで、その議員は、事務所職員に守られながら私の質問に対して、「知りません」という答えを繰り返した。
民主党政権が下り坂に差し掛かった2012年春から初秋にかけて、私はこの自民党議員、二階俊博氏に関係するIT調達問題の取材にかかり切りになっていた。当時在籍していた『週刊朝日』の同年10月19日号に記事を掲載したが、驚くべきその事実を簡単に紹介しよう。
経済産業省の外局である特許庁は2006年7月以来、「業務・システム最適化計画」に基づいた基幹系システムの全面刷新を進めてきたが、いまだに完成していない。その原因は、最初に発注した東芝の100%子会社「東芝ソリューション」(略称TSOL)がシステム設計に失敗したことにある。
失敗の原因ははっきりしている。TSOLが下請けに出したその企業は、システム設計など一度もやったことがなく実績ゼロだったからだ。
TSOLは実績のまるでないこんな企業に、なぜ設計の下請けを出したのだろうか。
ここで耳を疑うような事実を記そう。この新特許システムの入札説明会の6日前、2006年7月12日午後7時、東京・銀座5丁目のビル4階にある高級日本料理店に、TSOLの担当部長や下請け企業社長、そして当時の経済産業大臣、二階氏の政策秘書らが一堂に会したのだ。
下座に着いたのは元受けのTSOLの面々。上座中央に座ったのは二階氏の政策秘書と下請け企業社長だった。実は、この下請け企業社長は、二階氏の有力後援者の息子だった。
入札直前に担当大臣の政策秘書と受注企業の担当部長、その下請け企業社長という利害関係者全員が会食したという事実は、何とも申し開きのできない不祥事だろう。しかも、実績ゼロの下請け企業社長は担当大臣、二階氏の有力後援者の息子で、この有力後援者自身も下請け企業の関連会社の取締役に就いていた。
私は何度も大阪府泉南市にある経営者の企業を訪ねたが、そこには企業の姿はなく、この社長が経営する介護施設があるだけだった。
前回『アマゾンに日本政府のIT基盤を丸投げする菅政権~NTTデータはなぜ敗北したのか』で、NTTデータが国税庁システムを1万円入札したケースを記したが、この特許庁の基幹系システム全面刷新のケースはさらに奥深い闇を抱えている。
TSOLはこの刷新開発を99億2500万円で落札。特許庁はこのうち24億円をシステム設計のために執行。これが何らの成果物を生むこともなく、二階氏の有力後援者関係の企業に入った。また設計の開発管理のために30億円がアクセンチュアに支払われた。つまり、合計54億円あまりの公金が、いずことも知れぬ闇の奥に消えてしまったのだ。
10月1日から次期政府共通プラットフォームは米国企業AmazonのAWS(Amazon Web Services)クラウド・コンピューティング・サービスに移行する。発表がないためにわからないが、未開発のままの特許庁システムもそこに加わる可能性がある。
闇の奥に消えた54憶円とともに、濃厚な疑惑もまた疑惑のままに消え去ってしまう可能性が強い。そして、言うまでもなく、日本のIT産業を衰退させてしまった大きい原因の一つは、国民の税金をドブに捨てたこのようなデタラメな入札と腐敗した政治にある。
安倍前首相が辞意を表明した後、自民党内では、この疑惑を背負ったままの二階幹事長と組んだ菅義偉前官房長官vs疑惑だらけの安倍氏・麻生太郎財務相の暗闘が繰り広げられた。
政策をめぐっての戦いでは到底ない。二階・菅組が暗闘を制して大勢が決まった後、石破茂氏と岸田文雄氏が参加して催された総裁選は装飾の施されたお祭りでしかなかった。
菅氏は首相に就任して2日後の9月18日午前7時25分から1時間あまり、虎ノ門のホテルThe Okura Tokyoのレストラン「オーキッド」で竹中平蔵氏と会食した。
前日の17日には選挙プランナーと会食しているが、首相に就任してほとんど初めに1時間あまりも話し込んだという事実から、菅氏にとって竹中氏がいかに重要な人物であるかということがよくわかる。
竹中氏は1977年に一橋大学を卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に入行。開銀の本流である企業の設備投資関係を研究分野にし、1981年にハーバード大学、ペンシルベニア大学で客員研究員を務めた。
さらに、大蔵省財政金融研究室研究官や慶応義塾大学助教授などを挟んで、1989年にハーバード大学准教授、1993年にコロンビア大学の客員研究員などを務めている。
竹中氏が当時居を定めていた米国では、1981年から89年までレーガン氏、1989年から93年まではブッシュ氏(父親)が大統領職にあった。共和党全盛時代であり、米経済学界はミルトン・フリードマンを旗頭とするマネタリズムが席捲していた。
ノーベル経済学賞に輝いたフリードマンの考え方は、人間の経済的自由を根本に据え、政府の干渉や介入は極力抑制していこうとするもので、政府の経済政策は金融政策さえ適切に遂行されていれば問題は起こらないという思想に要約される。
しかし、レーガンやブッシュ両氏、さらには英国のサッチャー首相、日本の中曽根康弘首相の政策に強い影響を与えたこの「新自由主義」(ネオリベラリズム=略してネオリベ)は、それぞれの国に経済的二極化、社会的分断をもたらし、完全に行き詰まっている。
現在の資本主義社会で経済的自由だけを追求していけば、資本力の強い大企業がさらに強くなり、弱肉強食の社会が形成されることは明らかだ。1980年代から21世紀初頭にかけて各国が学んだ歴史的教訓だ。
しかし、9月18日午前7時25分から1時間あまり虎ノ門のホテル・レストランで会食した新首相と経済人の対話は、残念ながらこの教訓から取り残された者同士のものだった。
竹中氏が日本の政界に躍り出てきたのは2001年に小泉純一郎政権の経済財政政策担当相に就任してからだ。この時IT担当相も兼務しているが、その後金融や郵政民営化も担当している。
その竹中氏の名前が社会に広まった最初の大きいネオリベ政策は、規制緩和の名の下に遂行した労働者派遣法の拡大だ。正社員ではない非正規雇用がどんどん増え、景気が悪くなるとどんどん「首切り」の対象となった。
二つ目のネオリベ政策は小泉政権の目玉である郵政民営化だ。
自民党総裁選で菅氏が新総裁に選ばれた9月14日、郵政民営化に反対し続けている元日本郵政公社常務理事の稲村公望氏は、同日付の日刊ゲンダイにこう言葉を寄せている。
「郵政民営化の本質は、『ゆうちょ』と『かんぽ』が保有する膨大な資産を国民から強奪して、外資に売り渡すことだと思っています。(略)竹中平蔵氏、そして菅(義偉)氏のような希代の拝金の謀略家の影がちらつきます。まだ闇の中で、確証はありませんが」
「菅政権では、外資と結託して大儲けを追求する”国際拝金主義”がいっそう推し進められていくことになるでしょう。自国ファーストではなく外資ファーストです。(略)国際拝金主義者の菅氏が総理になるとは、恐ろしい時代になりました」
稲村氏が日刊ゲンダイにコメントを寄せたのは、9月11日に、元三井住友銀行頭取で日本郵政初代社長の西川善文氏が死去したことがきっかけだった。
西川氏は2400億円かけて建設した「かんぽの宿」を109億円という破格の安値でオリックス不動産に一括売却しようとして大問題となり、結果的に責任を取る形で日本郵政社長を辞任した。
そして、2005年11月にこの西川氏を初代日本郵政社長に強引に内定したのが、小泉内閣で総務大臣だった竹中氏と総務副大臣だった菅氏のコンビだった。稲村氏のコメントは、西川氏起用の強引な人事に象徴されるような当時の竹中氏や菅氏の手法を批判したものだ。
郵政民営化に見られるような小泉政権のネオリベ路線は第1次安倍政権に引き継がれ、当の郵政問題も小泉内閣の郵政民営化担当相兼総務相だった竹中氏から安倍内閣の菅総務相にリレーされた。菅氏は竹中氏の路線を忠実に走り続けていたと言える。
その竹中氏は、今回、菅氏と1時間あまり会食した5日後の9月23日、BS-TBSの「報道1930」に出演して、独特のベーシックインカム論を披露して注目された。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください