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「サイバー戦争」を考える

「抑止力」に傾斜する米国やイスラエル

塩原俊彦 高知大学准教授

 日本の多くの国民はバラク・オバマ前大統領を、ノーベル平和賞をもらった「聖人君主」のように思っているかもしれない。しかし、サイバー空間にかぎってみると、彼こそ米国政府が長くつづけてきたサイバー空間を「グローバル・コモンズ」として国家に支配されない共有地とみなす見解を放棄した人物だ。この点を日本ではじめて剔抉した論文が拙稿「サイバー主権と国家主権」ということになる。

 オバマの方針転換によって、彼は、「今後、毎日、我々が依存しているネットワークやコンピューターといったデジタルなインフラはあるべきもの、すなわち、戦略的財産として取り扱われるだろう」としたえで、「こうしたインフラを守ることが国家安全保障の優先課題となるだろう」と明言した。その結果、2011 年にホワイトハウスが公表した「サイバー空間の国際戦略」には、サイバー空間をグローバル・コモンズとする見方がもはや存在しない。「すべての国にとって、デジタルインフラは、国家資産(national asset)になっているか、または、なりつつある」として、むしろ国家管轄権のおよぶ国家資産としてサイバー空間をとらえるようになるのだ。

 この方針転換後に登場したドナルド・トランプ大統領によって、米国は現在、サイバー攻撃を抑止するために、「抑止力」を導入する方向に動いている。その政策を先取りして抑止力を根づかせるために実際に行動しているのがイスラエルということになる。

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「やられたらやりかえす」イスラエル

 そこでここでは、サイバー空間における「戦争」をめぐって、これまでの変遷や現状について論じてみたい。まず、「ニューヨーク・タイムズ電子版」(2020年5月19日付)の記事「イスラエルのイラン港のハッキングはサイバー攻撃の代償としての最新の一斉攻撃だ」に注目したい。それによると、中東地域でのイスラエルの隠密行動に詳しい中東の高官や専門家の情報として、イスラエルが5月9日、イランの主要な港の業務をサイバー攻撃によって妨害した。

 具体的には、ホルムズ海峡の戦略的に重要なシャヒド・ラジャイ港のコンピューターシステムにサイバー攻撃したものだ。その範囲は限定されており、配送トラックの渋滞や出荷の遅れが発生したが、大きな損害は発生しなかったという。

 この攻撃のきっかけは、4月24日、イスラエル中部シャロン地域にある市営水道のポンプが作動を停止した事件であった。施設のシステムは短時間でポンプの運転を再開できたため、大きな被害はなかったが、イスラエル当局は、これがイスラム革命防衛隊の攻撃的サイバーユニットからの攻撃だと特定したという。そこで、「イスラエルのインフラを標的にするな」というメッセージをこめて、イランへの報復攻撃を行ったというのだ。

 イスラエル側は、この独自のサイバー攻撃を意図的にリークした可能性が高いとみられている。そうすることで、イスラエルが抑止力による戦争回避政策をとっていると明確に宣言しようとしているのだ。なお、7月にイランの核関連施設で火災が発生し、その原因を外国からのサイバー攻撃とする見方(ワシントンポスト2020年7月6日付)もあったが、8月の情報(BBC NEWS2020年8月23日付)では、「妨害工作」とされるだけで、その原因はまだ判明していない。

 今回の事件で、イスラエルは潜在的なサイバー侵略者に対して、重要な民間インフラを攻撃する試みを容認しないという意思表示をしたことになる。しかも、受けた被害よりも大きな被害をサイバー侵略者に与えることで、すなわち、「倍返し」する姿勢を示すことで、侵略者がおいそれと「レッドライン」を超えられないように脅しているのだ。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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