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中国・内モンゴル自治区の教科書問題

我らの舌は、いつの間にメスを入れられたのだろうか?

劉燕子 現代中国文学者・作家・日中翻訳家

 中国の内モンゴル自治区における教科書問題が内外から注目されている。

 中国では9月1日から新学年が始まるが、8月26日、内モンゴル教育庁は民族小学校一年と民族中学校年の国語で国家統一の中国語(漢語)教科書を用い、さらに2年以内に政治と歴史の教科でも漢語の教科書にすると通達した。これはモンゴル語教育の削減と漢語教育の強化である。

 それに対して、28日頃からモンゴル人の生徒や父母が登校拒否や授業ボイコットで抗議し、自治区の首都フフホトなどでは大規模なデモや集会が起きた。当局は参加者の逮捕、懸賞金つき写真入りビラの配布などで取締りを強めたが、注目すべきことにテレビ局の300名のモンゴル人スタッフが署名をもって抗議に賛同した。まさに勇気のあることであった。

 また、モンゴル国でも言語問題として批判が高まり、この問題は内政の教育に止まらず、民族問題として対外関係にも及んだ。実際、東京、大阪、ワシントンなどで抗議活動を支援する輪が広がった。だが、中国当局は10月1日までに数千名を拘束し、生徒の退学や親の解雇を警告し、学校を再開させ、事態は表面的には沈静化した。

数世代にわたる歴史の古傷の痛み

拡大縦書きのモンゴル文字と漢字が併記されたフフホト市内の商店の看板  RosnaniMusa / Shutterstock.com

 このモンゴル語をめぐる問題に関する漢人の捉え方についてみると、河北省出身の留学生は正直に次のように語った。

 内モンゴル自治区でモンゴル語教育削減への抗議が広がっていることをきっかけに、モンゴルは日本のように漢字文化圏に属していないことを知りました。モンゴルにはモンゴル文字がありますが、「蒙古」や「呼和浩特」と漢字で考えていました。でも、それは「モンゴル」や「フフホト」というモンゴル語の音を漢字にしたものです。またジョーオダ・アイマクが赤峰市に変えられたように、音を漢字で表記したのではなく、地名が漢語で変えられたものさえあります。好きな歌手の名前も実は漢語の名前だと分かりました。

 これは留学生が不勉強というのではなく、モンゴル人の発言や情報発信が抑えられ、漢語が中国社会全体を覆っているためである。「自治区」といいながら、民族自治が形骸化している。言語でいえば、憲法第4条で「いずれの民族も自己の言語・文字を使用し、発展させる自由」を謳うが、第19条では「国家は全国に通用する共通語を普及させる」と記され、実際は共通語=漢語の「普及」が強力に押し進められてきた。

 歴史を遡ると、中国共産党は結成以来、ソ連共産党に従い民族自決を標榜し、1945年の第七回全国代表大会でも「聯合政府」を提唱する中で民族の自決権を強調し、国民党との違いをアピールした。ところが、政権を獲得すると、自決権に基づく民族政府を大幅に変えて「区域自治」に限定した。

 確かに、中華人民共和国よりも2年早く1947年に成立した内モンゴル自治区では民族語の使用がかなり尊重された。しかし1957年になると、内モンゴル自治区は中華人民共和国の分離し得ない一部であり、愛国主義を徹底し、先進民族の文化を吸収することで民族言語を豊かにするとの理由で全ての民族学校で漢語の授業が加えられた。漢人を先進と、モンゴル人を後進と見なす「大漢民族主義」による国家統合があからさまである。

 さらに文革では民族教育機関が廃止され、民族語の授業どころか民族学校まで閉鎖され、民族語の出版さえ停止された。区都フフホトではモンゴル民族学校が10校あったが、全て廃校に追いこまれた(注1)

 母語であるモンゴル語は「ロバの言葉」と差別された。さらに迫害の理由にされ、漢語が話せなければ民族分裂主義と決めつけられた。自治区最高指導者のウランフは1950年代にモンゴル文字の改革を試みたが、それが文革期に民族分裂主義の罪状の一つにされた。文革期、自治区では全人口1300万人のうちモンゴル人は150万人弱で、その34万人以上が冤罪で迫害された。そのうちの27,900人が殺害され、12万人が拷問により身体に障害が残った(注2)

(注1) 岡本雅享著『中国の少数民族教育と言語政策』増補改訂版、社会評論社、2008年、p.93。
(注2) 楊海英『墓標なき草原・正続』岩波書店、2009-11年など参照。以下同様。

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筆者

劉燕子

劉燕子(りゅう・えんし/リュウ・イェンズ) 現代中国文学者・作家・日中翻訳家

神戸大学非常勤講師。関西大学大学院修士課程修了。専門は現代中国文学。著書に『中国低層訪談録――インタビューどん底の世界』(共編著、集広舎)、『中国が世界を動かした「1968」』『天安門事件から「〇八憲章」へ』『「私には敵はいない」の思想』(いずれも共編著、藤原書店)、編訳書『劉暁波伝』(集広舎)、共訳書に『墓標なき草原』(岩波書店)、共訳『殺劫―チベットの文化大革命』(集広舍)、編著訳『チベットの秘密』 (集広舍)がある。