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菅氏は沖縄をいじめてきたではないか

[208]沖縄・那覇、小渕恵三元総理、雨宮処凛さんにインタビュー……

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

9月16日(水) 朝早い便で富山から東京に戻る。国会で午後一番に首班指名がある。これも結果がわかっているセレモニーである。ただちに組閣に入り、「呼び込み」を経て、菅新内閣が誕生する日だが、すでに閣僚の顔ぶれも報じられまくっていて、ある人に電話を入れたら「テレビはNHKも民放も、何でいちいち大臣が内定した程度でニュース速報するのよ、うんざりだわ」と叱られた。そりゃあそうだよな。何だか、今の日本って「事大主義」(goo辞書;自分の信念をもたず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身を図ろうとする態度・考え方)に何とやられてしまっていることか。

 14時から神保町で打ち合わせ。菅内閣の顔ぶれをみながら話し合う。

 今週の「報道特集」は、新菅内閣のゆくえを点検するということで、今夜の最終便で沖縄へ。23時半にホテルにチェックインする。

9月17日(木) 12時半に東京からやって来たRディレクターのクルーと合流して、まずは国際通りをちょっと入ったところにある宮古そばの「どらえもん」に行って腹ごしらえをする。この店にはもう30年以上通っている。

 14時30分から地元沖縄経済界の重鎮のひとり、金秀グループの呉屋守将会長にインタビュー。故・翁長雄志知事の盟友にして、オール沖縄の精神的な支柱でもあった人物だ。7年8カ月に及ぶ安倍政権の沖縄政策は、歴代政権のなかでも最も冷たい姿勢を続けてきた。今、呉屋会長は何を思うのかを直接聞いてみたかった。「粛々と進める」という言葉に象徴される菅官房長官の沖縄に対する冷徹な姿勢を語っていた。いくつもの具体的なエピソードをまじえながら。

沖縄県の玉城デニー知事(中央左)らから「かりゆしウェア」を贈呈される(中央右から)安倍晋三首相、菅義偉官房長官=2019年5月20日午後2時7分、首相官邸拡大沖縄県の玉城デニー知事らから「かりゆしウェア」を贈呈された安倍晋三首相、菅義偉官房長官(当時)。2人の沖縄への思いは……=2019年5月20日

 その後、15時45分から琉球新報編集局長の松元剛さんにインタビュー。松元さんは現在の沖縄ジャーナリズムの良心と言ってもよい存在だ。揺るぎのない視座は、沖縄だけでなく日本全体のメディア状況のなかで貴重かつ具体的な道筋を提供してくれている。松元さんは、菅政権になって、沖縄にとっては今後ますます苦しい局面が来るだろうと。

 その後、大慌てで、故・大盛伸二さんのご自宅にうかがい、数日遅れの四十九日のお線香をあげさせていただいた。位牌には「大盛伸二」とだけ書かれていた。

 今日中に帰京しなければ、あした午前にと言われていた予定に間に合わないと思い、19時過ぎの便に飛び乗る。ところがどういうわけか、明日の予定がいつのまにか差し替えられていたことを搭乗直前に知る。まいった。そんなことならば、もう少し大盛家にとどまり、さらには会っておきたい知己たちが沖縄にはいた。もう1泊できたのに。不快な気持ちがこみあげてきたが、いつだってそういうことが起きてきた。キャスターのことを「演者さん」とか「出役」とかいう言葉で言い表し、要するに「猿回しの猿」のように使い得る対象だと思っているテレビ局の人間もいるのだ。まあ、いいや。いつだってそういうことが起きてきたし。

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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