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ナゴルノ・カラバフ紛争の背後にトルコ

塩原俊彦 高知大学准教授

 2020年9月27日からアゼルバイジャン領内にあるナゴルノ・カラバフ地域で戦闘がはじまった。同地域の奪還をめざすアゼルバイジャン軍と、同地域を死守しようとするアルメニア軍との戦闘が激化している。ここでは、この武力衝突の背後にトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領のしたたかな戦略があることを説明したい。

コーカサスについて

 まず、英語で「コーカサス」、ロシア語で「カフカス」と呼ばれている、黒海とカスピ海にはさまれた地域について、基礎的理解を深めたい。図1で言うと、地図の左上の部分を拡大したものとしてコーカサスの一部が示されていることになる。ここでは、ロシアの歴史家アンドレイ・ズボフの書いたロシア語文献を参考にしながら説明してみたい。

拡大図1 コーカサスの一部としてのアルメニア、アゼルバイジャン、ナゴルノ・カラバフ
(出所)https://www.economist.com/europe/2020/10/03/war-returns-to-nagorno-karabakh

 最大の惨事として記憶にとどめなければならないのは、「アルメニア人虐殺」についてだろう(なお、アルメニア人はユダヤ人と同じく世界中で活躍する「商人」として知られてきたことを想起してほしい)。2019年10月29日に米下院が405対11の圧倒的多数で議決した「アルメニア人虐殺に関する米国記録の確認」では、「アメリカ合衆国は、1915年から1923年までに150万人のアルメニア人が殺害されたというアルメニア人虐殺(ジェノサイド)を認識し、批判してきたという誇り高い歴史をもっている」と明記されている。

 オスマントルコ帝国のイスラーム教徒(ムスリム)によってキリスト教徒であるアルメニア人などが殺戮された事件が今日のコーカサス問題の根っこにある。そこに、旧ソ連の南進が絡み、多様な「民族」を巻き込んだ複雑な歴史が刻まれたのである。

 1897年の国勢調査資料をもとに作成されたデータによると、いわゆる「民族」で言えば、コーカサスのタタール人(将来のアゼルバイジャン人)、ジョージア(グルジア)人、アルメニア人、クルド人、ペルシャ人、ギリシャ人のほか、ドイツ人やロシア人などが住んでいたとズボフは書いている。

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筆者

塩原俊彦

塩原俊彦(しおばら・としひこ) 高知大学准教授

1956年生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。学術博士(北海道大学)。元朝日新聞モスクワ特派員。著書に、『ロシアの軍需産業』(岩波書店)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(同)、『パイプラインの政治経済学』(法政大学出版局)、『ウクライナ・ゲート』(社会評論社)、『ウクライナ2.0』(同)、『官僚の世界史』(同)、『探求・インターネット社会』(丸善)、『ビジネス・エシックス』(講談社)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた』(ポプラ社)、『なぜ官僚は腐敗するのか』(潮出版社)、The Anti-Corruption Polices(Maruzen Planet)など多数。

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