メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

政治による人事介入の危うさ

トランプ政権と菅政権に見る人事権という甘い誘惑

花田吉隆 元防衛大学校教授

ホワイトハウスで、最高裁判事にバレット氏を指名すると発表するトランプ大統領=2020年9月26日、ワシントン、ランハム裕子撮影

 洋の東西を問わず、人事は人をコントロールするもっとも有効な手段だ。権力を握った者は、人事権という生殺与奪の権を手にする。当然、人事権は高次の目的達成に向けられたものでなければならず、間違っても邪(よこしま)な目的に使われてはならない。ところが現実は往々にしてそうでない。それが権力の不当行使であるとき、政権は次第に正統性を失い、ついには国民の信を失うことにもなる。そういう例は、歴史上枚挙にいとまがない。トランプ大統領による連邦最高裁判事の指名、及び、菅政権による日本学術会議人事への介入はこの種の危うさを孕(はら)む。

 米国の場合、事の発端は、連邦最高裁判事を長期にわたり務めてきたリベラル派ルース・ギンズバーグ氏の死去だった。9月26日、トランプ大統領はその後任に、超保守派のエイミー・バレット氏を指名した。同氏は議会上院の承認を得て任命される手はずだが、共和党は大統領選挙前に任命手続きを終えることを目論み、民主党は新大統領こそが任命権を握るべきだとしてこれに抵抗する。現在、上院は過半数を共和党が占め、このままいくとトランプ氏のもくろみが成就する公算が強い。その影響は甚大で今後の米国社会を左右しかねない。

 連邦最高裁はこれまで保守派とリベラル派が5対4で拮抗し、かろうじてバランスが保たれていた。それが、6対3で圧倒的に保守派に傾く。最高裁判事は終身職だ。弾劾以外は、自ら辞めるか死去しない限りその職にとどまり続けることができる。バレット氏は現在48歳。仮に前任のギンズバーグ氏同様、87歳まで判事のポストに止まるとすればその影響力は40年近く続くことになる。

大きな役割を果たしてきた米国の司法

 米国における司法の影響力は日本の比でない。就中(なかんずく)その頂点に位置する連邦最高裁はこれまで米国社会の在り方を数多く左右してきた。

 米国は、政治問題に限らず、企業活動から日常の些末な争いに至るまで、訴訟で決着をつける習慣が根付いている。日本のように、できれば裁判沙汰は避けられるものなら避けたいという国民とは違い、米国では、裁判で決着をつけることに何の躊躇もない。皆が、移民として異なった社会からやって来て、それを縛る伝統や習慣がない中、裁判こそが争いを収める最後の手段として機能する。司法はそういう国民の期待に応え、数々の政治的意味合いを持つ問題を判決の形で決着させてきた。2000年、大統領選挙の勝敗がつかず、司法判断に委ねられ、連邦最高裁がブッシュ氏勝利につながる判決を下したのは記憶に新しい。

 そればかりか、米国社会を二分する問題も、結局、司法の判断に委ねることになる。人種差別(1954年)、人工妊娠中絶(1973年)、銃規制(2008年)、医療保険(2015年)、同性婚(2015年)と、連邦最高裁の判決を辿れば、この国で司法が果たしてきた役割の大きさがわかる。

 米国と言えば、日本の議院内閣制と違い、三権が互いに睨み合いそれぞれが拮抗するという三すくみ状態を、あえて作り出すことで権力を抑制しようとするところにその特徴がある。したがって、三権は独立であるべきであり、独立を保証するもっとも重要な要素である人事に対し、他の権力が介入するようなことがあってはならない。ところが、連邦最高裁判事、控訴裁判事、地方裁判事は、憲法第3条で大統領が指名し上院が承認することになっている。つまり、政治が司法に介入することが制度として想定されている。

 そうであるならば、政治の側はその人事権行使に当たり抑制的であるべきであり、間違っても、国民に司法の独立が疑われるようなかたちで人事権を行使することは厳に控えるべきと思うが、実際は、そんな綺麗ごとは意に介されることもない。人事権は政争の具と化している。

共和党の勢力拡大のため意図的に人事権を行使してきたトランプ大統領

 中でもトランプ大統領は、この人事権を共和党の勢力拡大のため意図的に使ってきた。そもそもトランプ氏は、2016年の選挙キャンペーンで、連邦裁判所判事を保守派に置き換えることを公言しているし、大統領の数々の問題行動にも拘らずトランプ氏が議会共和党の支持を得ているのは、人事権を共和党の利益になるよう行使しているからでもある。トランプ大統領の4年間の最大の功績は、司法を共和党寄りに「改組」したことだ、との見方すら囁かれる。

 実際、この4年間、リベラル派判事が次々と保守派に置き換えられてきた。連邦最高裁はもしバレット氏が任命されれば、トランプ氏の任命による保守派判事として3人目になるし、何より、著しい変化を見せたのが連邦控訴裁だ。1/3が保守派に置き換わった。

 ところで、党派色が強い人事を行うのは共和党だけでない。民主党が政権を取れば、同じようにリベラル派判事を次々と司法の場に送り込んでいる。まるでオセロゲームを見るかのように、時の政権や上院の勢力により司法の色があっという間に塗り替わってしまう。

 大統領は何だかんだ言っても、4年たてば選挙の洗礼を受け国民の意により解任することも可能だが、

・・・ログインして読む
(残り:約1443文字/本文:約3653文字)